曽村保信『地政学入門』

地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721))

地政学入門―外交戦略の政治学 (中公新書 (721))

地政学の入門書。以下は本書の帯についていた紹介文である。

地政学とは地球全体を常に一つの単位と見、その動向をリアル・タイムでつかんで、そこから現在の政策に必要な判断の材料を引き出そうとする学問の謂であり、かなり高度な政策科学の一種である。従来、誤解されがちな観念論でも宿命論でもない。国際政治学が国際関係を静態モデルの連続として、その間の変化を細かくとらえようとするのに対して、地政学は国際関係を常に動態力学的な見地からみようとするものである。

かなり以前――もう10年以上前に聞いた情報源が曖昧な(というか記憶が曖昧な)話なのだが、石油会社の社員や石油のトレーダーは極めて優秀でなければ務まらないと聞いたことがある。
その理由というのが、「1バレル○○円」というシンプルな石油価格に影響を与える変数が極めて多様かつ膨大であり、かつそれらの変数が石油価格に転化されるメカニズムも多層的かつ動態的であるから、というものであった。
例えば、世界的な産油国であるサウジアラビアで政治不安が発生したとする。そうなると近いうちに石油価格に何らかの影響があるかもしれない――これはベタだが可能性の高い考えである。
しかし「いつ、どのタイミングでどの程度石油価格が上下するのか」については、考えるべきことが山ほどある。そもそも石油会社には在庫だってあるし、サウジアラビアがどのタイミングでどのような採掘調整や輸出調整を行うかもわからないし、サウジアラビアの政治不安を受けてイランやイラクやロシアやアラブ首長国連邦(ドバイ)がどのタイミングでどのような採掘調整や輸出調整を行うかもわからない。そうした動きを受けて、石油のロジスティックス上の重要拠点(例えばスエズ運河周辺や砂漠に敷設された石油パイプライン)の近くにいる反政府ゲリラやテロ組織がどう動くのか(あるいは何も動かないのか)もわからない。加えて、それらの情勢を受けて他の石油会社や石油トレーダーがどのような判断をするのかも重要である。石油は単なる需給関係だけで価格が決まるわけではなく、投機対象でもあるからである。さらに石油はインフラなので、石油トレーダーはともかく石油会社は「品切れです」じゃ済まされない。
まあ素人が10年以上前に聞いた話を思い出すだけでもこれだけの変数があるのだから、震災後にミネラルウォーターを買い占めた主婦と同じ感覚で、表層的な事象に飛びついて「サウジアラビアに政治不安が発生したから、石油が貴重になるかもしれないし、とりあえず石油を買っとくか」などと意思決定を行うと、とんでもない目に遭うこと間違いなしである。あ、でも、そうなると石油会社や石油トレーダーのプロの判断だけじゃなくて、最近増えてきた主婦トレーダーの判断もあながち無視できないなぁ。
……なんてことを、石油会社の方々や石油トレーダーは(最低限)考えながら取引や販売をしなければならない。当然めっちゃ大変なのだが、こうした複雑で動態的な世界認識・価格メカニズムの理解の助けとなっているのが、地政学なのだそうだ。*1
ずいぶん前置きが長くなったが、先日、本屋で本書の帯を読んだときに上記の話を思い出し、買ってみた次第である。名著として名高い本であり、確かにわかりやすい。ただし本書の発売は1984年であり、いささか「古い」と言わざるを得ない。地政学の面白さは、やはりアクチュアルに解説される必要があるだろう。さすがに「東日本大震災」と「エジプト騒乱」まで反映しろとは言わないが、せめて「中国の経済大国化」と「ソ連の崩壊」は反映しないと、今の大学生からすると、生まれる前の世界情勢を基準にした昔話になってしまう。あまり数は多くないが他にも入門書があるようなので、そちらも読んでみようかな。

*1:地政学に加えて行動経済学統計学にも言及されていたかな?