服部文祥『狩猟サバイバル』

狩猟サバイバル

狩猟サバイバル

最近は、読んで面白かった本の大半が、村上春樹小川一水といった「読む前から面白いとわかっている本」だったのだが、久々に予想以上に面白い本を発掘した。
服部文祥については、名前だけは(本屋で見かけて)知っており、サバイバル登山という独自の概念を基に『サバイバル登山家』などの本を出していることも知っていた。ただし実際に著書を読むのは初めてである。
サバイバル登山とは、装備や食料をできるだけ持ち込まずに、食料を現地調達しながら自然と向かい合う登山スタイルである。本を読む限り、この人はテントやハーケンすら持たずに単独で冬山に入っている。はっきり言って危険な行為だし、俺がこの人の独自の美学を100%理解できたとも思わない。ただ、登山とはそもそも危険な行為だし、この人は万全の装備を揃えて厳しい登山に何度も挑んできた「登山のプロ」である。そうした人間が、登山という行為を追求した結果、冬のエベレストではなく、軽装で自然と向かい合うスタイルへと結実したこと自体は、尊重されねばならないだろう。
さて、本書では、そうしたサバイバル登山という概念 / 行為を補強するものとして狩猟行為がクローズアップされている。つまり装備や食料をできるだけ持ち込まずに冬山に入った後、山菜や川魚だけでなく、猟銃で鹿を仕留めて食料を調達しようとするプランである。本書では、そうした狩猟サバイバルを実践するため、山梨県の山村に弟子入りして狩りを覚える傍ら、単独猟に何度もチャレンジしている。そして軽装+食料現地調達+猟銃で2月の冬山を10日程度サバイバルする「狩猟サバイバル山行記」に2回チャレンジしている。
なお、本書では「1シーズンに1回も獲物に出会わないハンターもいる」といったTIPS的なエピソードもさることながら、鹿にとどめを刺すシーンや殺生後の解体の様子が詳細に描写されている。ゲームでは、これはボタン1つ、クリック1つの行為である。しかし俺のようにスーパーの食材すらまともに調理できない人間もいるわけで、生きている動物を殺し、食べられるようにするのは、それほど簡単なことではない。例えば、散弾で前足を破壊しても鹿はその場に崩れ落ちることなく逃げていくこと。頸動脈を切り裂いて息の根を止める際に鹿が大きな声で鳴くこと。散弾銃が内臓を傷つけてしまうと肉に臭いが移ってしまうこと。獲物の肛門に枯葉などを詰めておかないと上手く内臓を引きずり出せないこと。皮をはぐときのコツ。死んでから15分以内に内臓を取り出し、かつ肉の温度を下げねば、風味が落ちてしまうこと。鹿の脳味噌の味――これらは決してグロテスクなわけではない。しかし書く側はオブラートに包むことなく、それなりの覚悟を持って「本気」で書いている。読む側も、それなりの覚悟を持って読み進める必要があるかもしれない。