三島衛里子『高校球児ザワさん』1〜9巻

高校球児 ザワさん 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児 ザワさん 2 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児 ザワさん 3 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
高校球児 ザワさん 4 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児 ザワさん 5 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児 ザワさん 6 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
高校球児 ザワさん 7 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児ザワさん 8 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)  高校球児 ザワさん 9 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
新感覚の野球漫画。
野球は日本人にとっての国技=国民的スポーツであり野球漫画は古今東西いくつも作られてきた。だから既に書き尽くされた単純なモチーフのように思えるのだが、意外にも奥が深く、実に様々なアプローチがある。その中でも正統派スポ根の代表作『巨人の星』、スポーツに友情や恋愛・青少年の自意識の問題を絡めて脱スポ根を打ち立てたあだち充の『タッチ』、もはや野球というより野球人とそれを取り巻く人々の人生をダラダラと描き続けている『あぶさん』あたりは「古典」であり「基本」である。
その後スポ根そのものは衰退したものの、『おれはキャプテン』のようなスポ根要素のある漫画は今でも描かれているし、『逆境ナイン』のようにスポ根要素を抽出して愛のあるパロディというかギャグに仕立て上げている漫画もある。また青春モノは他ならぬあだち充が怨念のように描き続けている上、『ROOKIES』を始めた様々な傑作がある。さらに野球人・職業人を描いたモノとして『MAJOR』という『あぶさん』クラスの長寿作品がある上、最近は『グラゼニ』という野球人と年俸(グラウンドと銭)の関係を真っ正面から取り上げた作品も評価が高い。
野球や野球部をモチーフとしたギャグ漫画もけっこう多い。俺が真っ先に思いつくのは『幕張』や『泣くようぐいす』であろうか。どちらも野球シーンはほとんど出てこないが、一方で野球部という一般にストイックとされる部活動で、ストイックになり切れない落ちこぼれの高校生という構図がなければ、ここまで面白くならなかったのではと思っている。
新しい傾向としては、『おおきく振りかぶって』が挙げられる。この漫画は驚くべきことに投球の一球一球を全て描いている。青春モノをベースとしながらも、野球の試合そのもの・野球の駆け引きや戦術をここまで細かく描いた漫画はないだろう。他にも『毒島』や『鉄腕ガール』や『花男』についても一言くらいは語りたいのだが……さすがに前置きが長くなり過ぎたかもしれない。
つまり野球漫画は有名なものだけでもここまで多くのジャンルが形成されていると書きたかったのだが、本作『高校球児ザワさん』はこのどれとも異なる新しいジャンルの野球漫画である。まず、そもそもスポ根的要素がない。試合も描かれない。友情も家族の絆もあまり描かれない。内面心理もほとんど描かれない。生活も…まあ極めて限定的にしか描かれていない。なお主人公は、名門高校野球部にマネージャーでなく選手として入部している女子高生(都澤理紗・ザワさん)なのだが、高野連規定により公式試合に出場することはできない。だから日本一の打撃投手になるという夢を持って男子と同じ過酷な練習に励み、たまに練習試合に出ているのである。ただし公式試合に出られない悲壮感のようなものも描かれない。
では何が描かれているのかというと、この漫画で描かれているものの多くは「瞬間」の非常にフェティッシュな視点での切り取りである。例えば、ザワさんの女子高生らしくない鍛えられた腹筋とか、チラリと見える男子高校生のような膝小僧とか、「都澤」を「都沢」と書かれることを嫌うとか、たまたま居合わせた社会人が野球部員の電車の居眠り姿を見つめるとか……これの何が面白いのかと問われると、面白さを説明するのは俺には難しいなあ。俺は凄く面白いと思うんだけど、面白い人には面白いとしか言えない。郷愁やセクシャルな萌えとも違うし、ポストモダン的な物語の放棄とも違うような気がする。