藻谷浩介+NHK広島取材班『里山資本主義』

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

NHKのテレビ番組を書籍化したドキュメンタリーらしい。書籍という媒体で読むとよくわかるのだが、実にテレビらしいアプローチだなあと思う。
テレビは放送時間・撮影時間・コストが限られているため、これはと決めた対象や視点にフォーカスして番組を作ることが多い気がする。それがハマる時もあるのだが、裏側からの検証がなされておらず、視聴者は「本当か?」と思い込まされながら観ることになる。(正確には、そういう批判精神がスポイルされた大衆の育成にも一役買っている)
本作はそういう意味で実にテレビらしい、バランス感覚の欠如したジャーナリズムである。化石燃料に支えられた20世紀的な経済システムには限界が来ているため、エコでサステナブルな(つまり地産地消的な)「里山資本主義」をサブシステムとして組み込むべきである……というのが本書の主張である。
誤解されたくはないが、私はその主張に必ずしも反対するわけではない。私だって地方都市や田舎が魅力的であることを願う者の一人であり、そのために里山資本主義的な発想が有効かもしれないと思っている。しかしそのことと本書が面白いか否かは別問題だ。ドラム缶より一回り小さなペール缶を基に手作りした「エコストーブ」だと10万円近くする電気釜よりも美味しく米が炊けるとか、タダ同然で放置されている田舎の空き家を基にデイサービスや障害者施設を作れば雇用創出にも役立つし資産の有効活用にもなるとか、ボランティアや地域貢献にはお金の代わりに地元でしか使えない地域通貨を配るとか、そうしたら毎日寂しくて何もすることのない婆さんが友達を連れて喫茶店に行って笑い声が絶えなくなり、希望すれば幼稚園の園児と遊ぶこともできて孫と触れ合えない寂しさを解消することもできるとか……正直に言って私には「茶番」に思える。
本当はこの後、これらに対する反証的なコメントを書いていたのだが、大人げないと思って消してしまった。しかしながら、そもそも何故(著者たちが里山資本主義と命名するような)地産地消のエコシステムがこれまでほどんと発展しなかったのか(あるいは極めて限定的にしか発展しなかったのか)もっと真摯に検証してみるべきである。それがジャーナリズムというものではないだろうか?