インキュベ日記

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藤井健司『金融リスク管理を変えた10大事件』

金融リスク管理を変えた10大事件

金融リスク管理を変えた10大事件

金融リスクマネジメントバイブル リスクマネジメントキーワード170 リスク管理キーワード100
金融リスク管理に関係する重大事件(10大事件)を解説した本。著者は、私も困った時に拝読している『金融リスクマネジメントバイブル』を発刊した東京リスクマネジャー懇談会の共同代表を務めており、日本を代表化するリスクマネジメントの実務家と言えるだろう。
各章の頭には「本章のポイント」として数行程度の簡単なサマリーが載っているので、10大事件がそもそもどんな記事だったのかを知るにはサマリーが手っ取り早い。そのサマリーを受けて更に詳しい解説が載っているが、各章末に「目撃者のコラム」と「参考資料」がついており、この2つが凄く便利である。
10大事件を本書よりも的確に紹介する自信はとてもないため、各章の冒頭のみ備忘を兼ねて引用しておく。しかし本書は冒頭のみを読んで満足する本ではなく、リスク管理に関心のある若手・中堅が迷わず買って熟読し、自家薬籠中の物とすべき本である、ということは付記しておく。大推薦。

ブラックマンデー【1987年】
 1987年10月19日、ニューヨーク株式市場は、前日比20%を超える大暴落となった。後に「ブラックマンデー」「暗黒の月曜日」と呼ばれる市場クラッシュであった。果敢な金融緩和で恐慌の危機をかわした後、市場では、暴落の再発を防ぐための制度が導入された。かたや、金融機関を中心とした市場参加者は、市場リスク管理体制の整備を急いだ。

G30レポートとVaR革命【1993年】
 1980年代以降のデリバティブ取引市場の拡大から、金融機関のリスク管理は複雑さを増した。デリバティブ取引を含むトレーディング活動から生じる新たなリスク管理の必要性に対し、「G30レポート」をきっかけとして、金融監督当局と金融業界は、市場リスク管理のベストプラクティスについての意見交換を行った。その結果、VaRを中心とした管理手法が業界標準となり、市場リスク管理のみならず、他のリスクに対してもVaRの考え方が浸透する道筋を示した。

FRBショックとデリバティブ損失【1994年】
 1994年2月に米FRBが行った金利引上げは、市場に衝撃を与え、多くの金融機関や機関投資家の債券ポートフォリオで損失が発生した。さらに、金利低下に期待したデリバティブ仕組商品で損失が発生、投資家からは、投資銀行が販売にあたって適切な説明を怠ったとして、多数の損害賠償訴訟が発生した。金融機関は、デリバティブ仕組商品等の複雑な金融商品を販売する際の説明責任について、根本から見直すことが必要となった。

ベアリングズ銀行と不正トレーダー【1995年】
 1995年2月、米国の老舗投資銀行ベアリングズ銀行は、シンガポール先物子会社の1トレーダーが行った不正トレーディングから生じた巨額損失をきっかけとして経営破綻した。その後、他の金融機関においても、不正トレーディングから発生した巨額損失事件が次々と明るみに出た。トレーディング業務を拡大しつつあった金融機関において、独立したリスク管理部門により、後にオペレーショナルリスク管理と呼ばれる、新たなリスク管理の課題への取組みが急務となった。

ヘッジファンドLTCM破綻【1998年】
 1994年に活動を開始したヘッジファンドLTCMは、発足直後から目覚ましい運用成績をあげたが、1997年のアジア通貨危機から1998年のロシア危機にかけての金融市場混乱に巻き込まれ、1998年に破綻した。その巨大なデリバティブ・ポジション処理が金融システミック・リスクを引き起こす可能性が懸念され、金融機関団による出資とポジション処理が行われた。その過程では、市場流動性リスク、カウンターパーティ・リスク管理ヘッジファンド等のレバレッジの高い機関の管理、システミック・リスク、ストレステストといったリスク管理上の課題が浮き彫りとなった。

バーゼルIIとオペレーショナルリスク【2001〜2007年】
 BIS規制の全面改訂であるバーゼルIIでは、3つの柱、信用リスクにおける内部格付手法、オペレーショナルリスクに対する自己資本賦課、メニュー方式の全面導入等、新たな考え方が導入された。その根底には、自己資本比率規制をリスクベースでとらえようとする姿勢と民間金融機関自身のリスク管理実務を重視することで、複雑化する金融業のリスク管理に対応しようとする考え方があった。

NY同時多発テロBCP【2001年】
 2001年9月11日、後に「セプテンバー・イレブン」ないし「9.11」と呼ばれる、同時多発テロが、米国東海岸を中心に発生した。テロ行為は、ニューヨーク市のシンボルでもあったワールド・トレードセンターを壊滅させ、米国金融市場は混乱に陥った。リスク管理における対応として、各金融機関は、業務継続計画の抜本的見直しを余儀なくされた。

サブプライムローン問題と証券化商品【2007年】
 2007年8月の「パリバ・ショック」を引き金として、米国を中心に活況を呈していた証券化商品の価格が暴落した。信用力の低いサブプライム住宅ローンを原資産とし、複雑な証券化を繰り返したそれら証券化商品の価格下落は止まらず、金融機関に莫大な損失をもたらすとともに、流動性管理やオフバランス取引、デリバティブ取引等、金融機関のリスク管理上の問題点を浮き彫りにした。サブプライムローン問題は、その後も収束することなく、翌年のグローバルな金融危機につながった。

リーマンショック金融危機からバーゼルIIIへ【2008年〜】
 2007年のサブプライムローン証券化商品問題から生じた金融不安は、翌2008年にさらに状況が悪化した。秋に発生した、大手投資銀行リーマン・ブラザーズ証券の破綻をきっかけに事態は金融危機に発展、大手金融機関の破綻や買収、公的資金の注入等が相次いだ。金融機能はマヒし、実体経済にも大きな影響を与えた。
 金融機関の資本と流動性リスク管理の立直しは喫緊の課題となり、バーゼルIIIを中心とした金融規制強化の潮流が確定的となった。

アルゴリズム取引と「フラッシュ・クラッシュ」【2010年】
 2010年5月、米国株式市場で、数百の銘柄がわずか10分間の間に急落し、その後急回復を示した。フラッシュ・クラッシュ(一瞬の市場クラッシュ)と呼ばれたこの乱高下はアルゴリズム取引と呼ばれるプログラム売買を要因として起こったものだが、高速取引が一般的となった株式市場取引における市場リスク管理やシステムリスク管理に新たな課題を投げかけることになった。