瀬谷ルミ子『職業は武装解除』

職業は武装解除 (朝日文庫)

職業は武装解除 (朝日文庫)

国連PKO等での勤務を経て、現在はJCCP(日本紛争予防センター)という国際協力NGOの理事長を務める著者による本。この人の専門は、書名にもあるように、武装解除である。紛争地域に乗り込んで武装解除を完全なものにするためのDDRというシーケンス(手順)があり、そのDDRの専門家であると言い換えることもできるだろう。

武装解除には、DDR(Disarmament, Demobilization & Reintegration:武装解除、動員解除、社会再統合)の頭文字の通り、3つの流れに大別される。以下、私なりにごく簡単に解説すると、一つ目のDはDisarmament(武装解除)である。武装勢力と交渉し、武器を捨てさせる。あるいは回収する。二つ目のDはDemobilization(動員解除)である。武器がなくなっても、指揮命令系統が残っていると容易に再・武装勢力化するから、部隊を解散させたり、指揮権を剥奪したりする。そして最後のRがReintegration(社会再統合)である。最後は結構重要で、生活できないとまた武装勢力化して盗賊みたいなことを始めてしまうから、職業訓練や職業斡旋などを行う。

DDRについては、伊勢崎賢治『武装解除』にも詳しく書かれている。脱線してしまうが、可能なら、伊勢崎賢治『武装解除』のエントリーを是非このタイミングで読んでいただきたい。incubator.hatenablog.com

さて、そもそもDDRとは理想的なプロセスではない。例えば、伊勢崎賢治『武装解除』を読んだ時には、DDRは極めて危険なプロセスであること、またDDRで武装解除した後もシエラレオネの経済自体は復興しておらず、DDRは貧困に喘ぐ層を増やす結果にもなるという指摘が印象に残った。また、本書を読んだ時には、DDRは加害者に優しいプロセスであるという指摘が印象に残った。

DDRのターゲットとなる武装勢力は、もちろん彼らなりの言い分を持っているものの、基本的には、彼ら武装勢力は、内戦や紛争の過程で殺戮や強奪等の法律的にも倫理的にも許しがたい行為を行った加害者と言って良い。しかし逐一その罪を問うては、彼らを非暴力的に武装解除させることはできまい。武器を捨てて軍隊を解散させた途端、あなたは罪に問われて死刑になりますと言われ、武装解除に協力するような馬鹿はいない。武装勢力に武器を捨てさせ、部隊を解散させるには、原則として彼らの罪を恩赦しなければならない。

職業訓練や職業斡旋も同様だ。非武装で暮らす多くの人々は、今も、今日の夕食を食べられるかどうかの瀬戸際にいる方が大半だ。しかし加害者の方は、武装解除をさせて地域の治安を安定させるために、職業訓練や職業斡旋を受けられるのである。コマンダーに対しては、政治的なポストやビジネス上の優遇措置を与え、その見返りとして武装解除をさせようとしていることを示唆する文面もある。

こうした加害者に優しいプロセスは、単に不公平感があるというだけでなく、「この地域で再び紛争が起こった時、被害者に甘んじるよりは、再び加害者の側に立つ人間が現れる可能性がある」という、治安維持に対する構造的なリスクを生み出している。しかし、それでもなお武装解除や地域の治安安定化という目的のためにDDRは有効であると言わざるを得ない。DDRとは皮肉で歪なシーケンスなのである。