大川慎太郎『不屈の棋士』

不屈の棋士 (講談社現代新書)

不屈の棋士 (講談社現代新書)

わたしの長年の友人が将棋にハマっているとのことで、紹介されて読んだ本。

確かに売れている本ではあるのだが、観戦録や戦術書ではなく、AIと将棋の関係に迫ったインタビュー集というのがなかなか渋い。

個人的には、別に将棋ソフトが人間の棋力を抜いたところで何の落胆もしない。人間はミスをする、そして体調や心理状態が勝負に影響する。それが面白いのではないか。例えばマラソンだって、単に心肺機能やスタミナの勝負をしたいだけなら、ペースメーカーをつけて、一人ずつベストな状況で走れば良いのである。しかしそうはしない。ベストなペースでベストなタイムを出せばそれだけで勝てるかもしれないのに、42.195キロという極限の戦いを乗り切る可能性を少しでも上げるために、相手を揺さぶって自分が有利に立とうとする。そういう駆け引きがわたしは面白い。また、たとえ車の方が速くても、人間の力の限界を見せようとする100メートル走にわたしは痺れる。要は、わたしは「車や原付の方が速くてもボルトの偉業には価値がある」「ヒグマや戦車の方が強くても、人間同士の柔道や総合格闘技の鬼気迫る攻防は面白い」と考えるタイプなのだ。

しかし将棋ファンや棋士としてはそうではないようで、この何年か、様々な議論が繰り返されてきたし、その結果として新たなファンを獲得すると同時に、これまでのファンが離れてしまう事態にもなっているようだ。そうしたことを踏まえ、ある種の危機感というか、棋士や将棋ファンは将棋ソフトとどう向き合っていけば良いのかを、現役棋士へのインタビューを素に掘り下げようとしている。

わたしの考えは上記の通りで、本書を読んでも変わることはないのだが、棋士の様々なスタンスや葛藤には、色々と考えさせられた。非常に面白い本である。