野村総合研究所システムコンサルティング事業本部『CIOハンドブック』

図解CIOハンドブック 改訂5版

図解CIOハンドブック 改訂5版

  • 作者: 野村総合研究所システムコンサルティング事業本部
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: 単行本
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CIOとはChief Information Officerの略で、最高情報責任者、すなわち企業におけるITの最高責任者だ。

CIOであれば、ITに関する世の中の潮流を理解しておかなければならないとわたしは考える。

では、少々余談めいた話になるが、この20年で社会を最も変革したITの潮流とは何かと問われたら、どう答えるだろうか?

ITというとソフトウェア的なものやサービスをイメージして「オープンソース」だの「システム処理の高速化」だの「ググれの浸透」だの「データアナリティクス」だの「GAFAの台頭(ガーファと読む。Google・Apple・Facebook・Amazonの略)」と答える人がいるかもしれない。もちろんこの問に正答があるわけではないが、わたしは明確に「携帯電話とスマホの社会インフラ化」と答えるだろう。ちなみに次点は「Suicaに代表される電子マネー技術の社会インフラ化」である。ここで言いたいのは、何だかんだでハードウェアソリューションには物凄いインパクトがあるということである。携帯電話、Suicaカード、といった具体的な「モノ」が登場し受け入れられることで、社会が劇的に変化する。

実は企業においても、この3年から5年というレベルで、この流れが非常に鮮明になっている。

銀行業界を例に取ると、コスト構造を変化させて(つまり手作業を減らしてそれに関わる人員を削減して)競争に生き残りたいという要望を、当然ながらどの大手銀行も持っていた。だが決定的なソリューションというかアプローチがなかったので、各銀行ともしみじみと(と言っては失礼だが)業務改革やシステム導入による効率化などをやっていたわけだ。それが変わってきたのが、大体3年ぐらい前ということになる。RPAの登場だ。

RPAとはRobotic Process Automationの略である。ロボと呼ばれたりもするが、別に人工知能が備わっているわけではない。要するにマクロだ。ただしExcelやAccessの中だけで動くマクロではなく、PC全体を対象とした自動操作・自動実行を可能とする。「画面上のこの座標軸をダブルクリックして特定のソフトを立ち上げ、IDとPASSを入力してログインボタンを押す」ことが可能になるのである。だから例えば、毎月3営業日目に、エクスプローラーを起動して、システムから出力されたデータや各部門が入力した前月データを社内サーバから集めて回り、その資料が格納されていない場合にメールソフトを立ち上げてリマインドメールを送る一方、エクセルを立ち上げてひとつのエクセルファイルに取り込んで、整形し、値の不備をチェックし、レポートファイルを生成して、またエクスプローラーを立ち上げて社内サーバに格納するとともに、今度はブラウザを立ち上げてワークフローシステムのポータルサイトに遷移し、IDとPASSを入れてログインし、ワークフローにレポートファイルをアップロードするとともに、上司にレポートファイルの確認・承認依頼を行う──といった作業が、全て自動で出来るようになる。もちろん、この一連の作業を予め登録しておかなければならない。先ほど「値の不備をチェック」と書いたが、別に人工知能が備わっているわけではないため、どのような値の不備をどのようにチェックするか具体的に定義しなければならない。しかしどんなに複雑に見えてもルーティン作業に分解できるものは定義・登録が可能だし、登録さえしておけば今後は「ボタンをクリックするだけで」もしくは「スケジューラに登録された時間に勝手に」この作業をしてくれるようになる。これまでコンサル会社やシステム会社は、こうしたエクセルによる手作業を「システム導入」により効率化しましょうと提案してきたわけだが、RPAはそもそもエクセルにまつわる操作そのものを自動化させてしまう。

このRPAという技術に、大手銀行は飛びついた。なぜなら、銀行は「紙文化」だからだ。よく銀行は、他に類を見ないほどの「装置産業(システムを必要とする業界)」であると言われる。それは事実なのだが、同時に、やはり他に類を見ないほどの「労働集約ビジネス」でもあり、また「紙ベースのビジネス」でもある。未だに通帳なんてものがあるし、じいさんばあさんはネットバンキングどころかATMすらまともに使えず窓口でお金を下ろすし、店頭で銀行口座を開設したり何らかの金融商品を購入する際は未だに申込用紙に紙で書いている。そうした紙の情報を「電子化」するのに、今銀行は大変な労力を払っている。大昔は紙のまま放置していたのだが、それではデータ分析ができないため競争に勝てない。だから一昔前は、中国の大連などに巨大なアウトソースセンターを作って、紙をFAXや画像データで送り、それをパチパチとキーボードで入力して電子化し、今度は目視で電子データが正しく作られているかを紙データと突合して確認する……それが銀行業務を効率化するソリューションだった。しかしそれではコストや時間がかかりすぎるため、もっと大手銀行はRPAに期待したのだ。

本題の「RPA」に戻ろう。上記で書いた「紙文化」変革のため、このRPAとセットで導入されているのがOCRである。正確にはAI OCRなのだが、要するにOCRとは手書きの文字や数字を読み取って電子化する技術だ。英数字(アルファベットと数字と一部の記号)だけで事足りる英語圏に比べ、日本はひらがな・カタカナ・漢字・英数字と文字の数や複雑さが英語社会とは段違いなので、OCRの導入は遅れていた。しかしAI OCRは、人間の癖そのものを学習してしまうので、読み取りの精度が急速に上がってきた。そのため紙情報を電子化する手間が圧倒的に効率化されつつあるし、電子化された情報を加工する工数もRPAによって圧倒的に自動化されつつある……というのが今の銀行業界の現状である。しかしメガバンクは1万人から数万人規模の労働力削減を目指そうとしているようなので、RPA+AI OCRのセットでもってしても、その水準まで労働力を削減するのは難しいだろう。なぜなら「紙データを正しくOCRが読み解き、電子化したか」を検証する工程は、どうしても人力で行う必要があるからだ。業務改善が頭打ちになって、更なる効率化ソリューションが必要になる。

さて、長かったが、ここで冒頭で述べたハードウェアソリューションという話に戻ってくる。今、銀行業界で注目され始めているのは、そもそも口座開設や住所変更を紙で受け付けるから、文字や数字を読み取るAI OCRの技術や、それらの業務を効率化するRPAの技術が必要になるわけで、店舗にタッチパネルやキーボードを置いて、店舗そのものを「デジタル化」してしまおうという試みだ。中国や欧州なんかでは更に進んだ「無人店舗」の試みも始まっているようだし、日本でもこうした「店舗のデジタル化」に向けた動きをしていますよというニュースがたまに出て来る。さすがに1年とは言わないが、5年程度で、デジタル店舗は日本でも導入され始めるのではないだろうか。そして日本の銀行業界はメガバンクが動くと他の銀行も追従するし、メガバンクの動きが大手の保険会社・証券会社・リース会社等に横展開されることは多々あるので、金融業界全体が「デジタル化」に大きく舵を切ることになるだろう。

長くなったので解説はこの辺にしておくが、本書は、例えば上記のような「デジタル化」という潮流が、あまりわかりやすくなく書かれている。

CIOハンドブックという書名なら、もっと薄く、忙しい役員がサッと読んで理解しておくべきテーマにフォーカスして端的に書いてほしいと思った。