春日武彦『精神科医は腹の底で何を考えているか』

精神科医は腹の底で何を考えているか (幻冬舎新書)

精神科医は腹の底で何を考えているか (幻冬舎新書)

高校時代からの友人に推薦してもらった本。

内容は書名の通りで「精神科医が普段どんなことを考えながら働いているか」を赤裸々に語ったエッセイなのだが、これは良い意味で精神科医に対する幻想を打ち砕く本である。

内容は終始面白いのだが、わたしが特に面白いと思った箇所は2点。

ひとつは精神病における投薬という概念だ。精神病はいわゆる「心の病」と言われるが、実のところあれは心の病ではなく脳の病である。そして重要なこととして、脳のメカニズムは未だ完全には解明されていない。だから精神科医が処方する各種の薬は、ある特有の症状においては多くの場合において「効く」ことは証明されている。しかしなぜ効くのかまで厳密にわかっていないものが多い。とにかく効く、のである。とはいえ、ある特有の症状においては多くの場合において効くことはわかっているのだし、使わなければ快方に向かわないのだから使わざるを得ないが、脳のメカニズムが完全には解明されていない以上、処方には他の診療科以上に経験やセンスが問われるのである。

一応補足しておくと、これは必ずしも精神病の薬に特有のものではない。有名な市販の風邪薬についても、この成分を飲むと熱が下がることはわかっているが、なぜ下がるかはわかっていない、というものは多い。

もうひとつが、精神病における完治・寛解という概念だ。精神病において治るとはどういうことなのか。すっかり元通りになることを「治る」と定義するなら、必ずしもそうなるとは限らないと著者は言う。薬を飲むことで症状を抑えられる、あるいは薬を飲まなくても大きな症状は出なくなる、これも十分な治療成果である。いわゆる「一生付き合っていかなければならないが、社会生活において大きな問題はない」というものだ。しかしここで著者は「大きな問題」とは何かを問う。例えば、センスが売りの商品企画において、統合失調症をきっかけに、これまでと「センス」がズレてしまい、商品企画の仕事を続けられなくなることはあるのだと言う。そういうこととも精神病は折り合っていかねばならない。

特に2点目の「完治・寛解」という考え方は、精神病に限らず非常に重要な概念だと思う。他の本も読んでみたくなった。