米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件(下)』

秋期限定栗きんとん事件 下 小市民シリーズ (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件 下 小市民シリーズ (創元推理文庫)

いわゆる「小市民」シリーズと呼ばれているものの、第3作、その後編。

主人公は、自分では知恵働きと言っているが、要するに賢しらに「謎解き」を披露するのが止められないという悪癖を持っている。推理ドラマを見て結末を予想している程度ならたかが知れているが、他人の会話のオチを勝手に推理して先回りして喋ったり、2時間ドラマの謎解きパートのような振る舞いをしたりして、中学生の頃に手痛い失敗をしたようだ。それで高校生活は「小市民」を気取って現状維持に情熱を捧げ、謎解きを披露するのは止めよう……とまあ、はっきり言うと変化前も変化後も友達にはなりたくないタイプであるが、主人公としては、親切で謎を解いて他人にウザがられるぐらいなら最初から解かなければ良い、ということで小市民を気取っているのである。ただし実際には、親切どころか、謎解きが楽しいからしているだけであり、その矛盾も主人公を苦しめており、なかなか一筋縄では行かない謎設定である。

一方、ヒロインは「復讐」が大好きという、これまた嫌な感じの性格で、要するに他人から受けた被害を、何倍にも増大して陰湿に仕返しをしなければ気が済まないそうだ。この仕返しとやらを中学時代に少々やり過ぎてしまったのか、高校生活は主人公と同じく「小市民」を気取り、他人と接点もなく淡々と生きていれば仕返しをする必要も生まれないだろうと、まあそういう具合である。けれど前作『夏期限定トロピカルパフェ事件』では、ヒロインは小市民を気取るという主人公との誓いを破って少々やり過ぎてしまい、お互い距離を置くことにした、というのが前作のラストである。なお、実際には恋人同士ではないが、周囲からは地味なカップルと思われており、この「距離を置く」ことで、周囲からは恋人関係を解消したと思われている。

さて少々長くなったが、そんなわけで実態上も表面上もフリーな主人公とヒロインは、それぞれ恋人を作ることになる。で、主人公の恋人の方はたまにデートして云々程度なのだが、ヒロインの恋人は、主人公&ヒロインと仲が良い友達も所属する新聞部の部員であり、このヒロインの恋人が、地域で発生している連続放火事件を追いかけようとする……とまあ、こんな感じで「主人公」の語り手パートだけでなく、「ヒロインの恋人」の語り手パートが結構な割合で挟み込まれる。そのため上下巻になっているのである。はあ長くなった。

事件の謎解きについてはとりあえず置いとくとして、この「小市民」コンセプトは、わたしの解説を読んでも「はあ」という感じだが、実際こんな感じの「はあ」な記述である。すなわち色々と歪で、破綻している。しかし主人公とヒロインは、「小市民」コンセプトが歪で破綻していることを十分に理解しつつ、それでも彼・彼女なりに必死だ。この手のシリアスさは、ロジカルなものではないから、「大人」になってしまった人にはあまりわからないかもしれない。わたしも100%理解しているとは言えない。ただわたしは40歳を過ぎても独身で、十分に子供じみているし、こうした生傷を今でも抱えたり、新たに作ったりしながら生きているタイプの人間なので、主人公とヒロインの気持ちはある程度わかるつもりだ(春期限定いちごタルト事件の頃はあまりわからなかったけれど)。

本シリーズも、春期限定いちごタルト事件、夏期限定トロピカルパフェ事件、秋期限定栗きんとん事件と来て、こうなると次の冬期限定○○事件で完結だろう。秋期の発売が2009年だから、もう10年か。そろそろ出してほしいなあ。