菅浩江『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』

『永遠の森 博物館惑星』『不見みずの月 博物館惑星Ⅱ』と続く極私的大傑作SF「博物館惑星シリーズ」の第三作目である。実はかなり以前に本書を読了していたのだが、不見の月から読み返そう、いややはり永遠の森から読み返したい……などとやっているうち、結構な時間が経ってしまった。というかもう4回も読んでしまった。でも良いよね、誰に迷惑かけているわけでなし、面白いものは何度読んだって。

閑話休題。舞台は、地球の衛星軌道上に浮かぶアフロディーテと呼ばれる巨大な博物館である。博物館およびそこで働く学芸員たちは、音楽・舞台・文芸担当のミューズ、絵画・工芸担当のアテナ、動植物担当のデメテルという各専門部署に分かれ、世界中の美術品や動植物が管理・展示されている。また学芸員たちは、女神の名を関したデータベース・コンピュータに頭脳を直接接続させ、収蔵品の分析鑑定・分類保存を通して美の追究に勤しんでいるという設定だ。

シリーズ第一作『永遠の森 博物館惑星』の主人公(田代孝弘)はホワイトカラー的な立場からミューズ・アテナ・デメテルの垣根をまたぐ厄介な問題に対処しながら、否応なく「美とは何か」「感情とは何か」「感覚とは何か」「感動とは何か」といった深遠なるテーマに対峙していくことになった。

一方、第二作および第三作(本書)の主人公である兵藤健は、アフロディーテの新人警備員である。田代孝弘と同じく総合管轄部署のアポロンに所属しているのだが、何しろ若手だ。しかも学芸員ではない。来館者の安全管理や美術品の盗難といった、より生々しい現場で働いている。しかしどんな年齢・立場・部署であろうと、真剣に働いている限り、美について否応なく考えさせられることになる。博物館で働くというのはそういうことなのだと思う。しかも兵藤健は、ただの若手ではない。AIが人の表情や感情を学ぶことで安全管理や犯罪捜査においてもきっと役に立つだろうという判断から、警察機構の情動学習型AI「ディケ」という特殊かつ実験的なAIに兵藤健の頭脳を直接接続させ、AIと会話をしながら働いている。つまり日々AIに情動を学ばせることも仕事の一環なのである。

この辺、さらに面白いというか、次回作があればもっと掘り下げてほしいな〜と思うのが、なぜか、兵藤健は「ディケ」という女性型AIを「ダイク」という男性名で呼び、扱っているのである。しっくり来ないとかいう理由でさらっと流していたような記憶があるが、「女性型AIを男性として扱う」という、人間の視点でもAIの成長という視点でも死ぬほど興味深いネタなのだが、今の所あえてそこまで深堀りしていない。贅沢すぎるというか、あえて痒いところに手を伸ばさないあたりがニクいというか。これ続きを書いてくれるんだろうか?(あまりネタバレしたくないのだが、兵藤健のパーソナルな課題はひとつ解消したので、このまま続きが書かれなくてもおかしくないというか、何というか)

雑然と書き殴ってしまったが、まとめよう。

まずシリーズ第一作『永遠の森 博物館惑星』は全小説ジャンルを総合してもオールタイム級の傑作だとわたしは思っている。まずとにかく『永遠の森 博物館惑星』から手にとって、できればシリーズ第三作である本作まで到達してほしい。