角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

探検家のデビュー作。

わたしのようなトーシロには「ツアンポー峡谷」は全く馴染みのない場所なのだが、チベットの奥地にあるそうだ。世界中の大半の奥地や山脈が踏破され尽くした現代における数少ない未開の地であり、45メートル級の大滝が存在するかどうかすら21世紀になっても判然としなかったぐらいである。

本書を読むと、普通の人だと一生に一度も味わうことがないであろう思考や感情が著者の中に渦巻いていて、しかもそれを素直にしたためていて、非常に興味深かった。

例えば、別に未踏・未到であることにはこだわっていないとうそぶいていながら、実は内心めちゃくちゃこだわっていて、世間に注目されてインタビューを受けたりテレビ出演したりして、何気ない風で発する「名言」まで既にイメージして人生計画に組み込んでいたこと。だからツアンポー峡谷における幻の大滝が発見されて非常に狼狽したが、それを他人に悟られないようにしたこと。それでも結局ツアンポー峡谷を「やる」ことを諦められず2002年から2003年にかけて未踏査部を探検したこと。その後、先人に先を越された地域を含めた完全踏破の野望を抑えきれず、2009年から2010年にかけて再度ツアンポー峡谷の無人地帯を探検したこと。その際、許可証を持っていなかったが、中国に対するチベット政策に批判的な目を向けており、確信犯的に許可証を持たずに探検したこと。

探検自体も、特に2009年から2010年にかけては過酷そのものだ。何と24日間も単独で無人地帯を彷徨っており、餓死寸前の様がリアルに描写されていて、何とも言えぬ迫力だった。

生とは、死とは、人間とは……といった哲学的な独白が無いのも個人的には好み。

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