乙武洋匡と言えば、オリジナル版の五体不満足の表紙にもなった電動車椅子や、介助器具を使わず短い手足で歩く姿が印象に残っているが、義足の印象はなかった。これは膝が無い乙武洋匡の場合、義足を操るのが難しいからのようだ。一方、ソニー(正確にはソニーコンピュータサイエンス研究所)が両膝のない身体障害者向けの義足ロボットを開発していて、その開発にアドバイザーというか被験者として関わったというのが本書の内容である。
乙武洋匡については、先日の『五体不満足 完全版』の感想で、そもそもあまり良い印象を持っていなかったと書いたが、それは彼のふわふわした自分探し的なキャリア選択によるものである。以前のわたしは、乙武洋匡は分不相応なキャリアを舞い上がってジョブホッパー的に選んでいるように見えた。彼のキャリアは(Wikipediaを見るともう少し詳しいものもあるが)彼が街録chで語ったところによると概ね以下の通りになる。
- スポーツライター、スポーツキャスター(スポーツライターの活躍の場の最高峰と言えるNumberでの連載など)
- 小学校の先生
- 東京都教育委員
- 政治家になるべく参議院選挙に立候補……の直前で、不倫報道で立候補断念
- 世界放浪
- 今
『五体不満足』を600万部も売り上げて時代の寵児になったが、「障害者」のレッテルを貼られるのを嫌って彼なりに苦悩・苦闘したというのは、街録chを見た今ならわかる。あらゆる人に平等な挑戦の機会を提供したいという彼の信念もよくわかる。しかしそれでもなお、彼は実力不相応なキャリアを選び、自分のパフォーマンスに満足できず、その原因を環境に求め、違うフィールドに横滑りしているように見える。
若手スポーツ選手など中心にインタビューした後、スポーツ選手だけでなく子供全体の可能性が云々と小学校の先生をやり、自分の担当学級しか影響を与えられないから嫌だと今度は教育委員になり、教育委員会は追認に過ぎず製作を立案しているのは東京都教育委員会事務局だけど公務員になったら人事があるから教育の仕事がやれるかどうかわからないので公務員にはなりたくない、だから政治家になって……と、ひとつひとつの言わんとすることはわかるが、ふわふわしてるなあと。例えば、スポーツライターをしながら子供にフォーカスした活動をすることは十分できたはずだし、小学校の先生では自分の所属中学の校風すら変えられなかったと言うが、それをやろうとしている人も山ほどいるし、乙武洋匡ほどの知名度があれば出来たはずだ。そこから逃げて教育委員会に移って政策立案ができないと辞めるが、いや政治家の方がもっと上の立場で、教育委員会事務局のような細かな立案業務ってやれませんよと、わたしは思う。
もやもやと思いつくまま書いてきたのでまとめよう。
彼は、四肢欠損というベリーハードモードな人生であるが故に、そしてそれを偉大なるポジティブマインドで乗り越えてきたことが社会に評価されたが故に、多くの人に注目され、また持ち上げられ、自分の実力不相応な職業ばかりを選んできた。彼がそれに気づいているかどうかは知らないが、45歳という人生のほぼ折り返し地点に来た今、彼は今一度、地に足のついた実績を積み重ねる必要があるのだと思う。それがこの、義足ロボットの開発なのである。これは彼の実力やパーソナリティに相応しい、しかも彼にしか出来ない仕事だ。最低でもあと5年ぐらいはこうした地道な仕事をした後、再度政治家にチャレンジしてほしいとわたしは思っている。
政治家? と思われる方がいるかもしれないが、実は上記でリンクを付けた街録chのラストで、彼は政治家への未練を表明しているのだ。もう世間に嫌われてしまったからやれるからわからないが、それでも可能なら再挑戦したいと述べている。
ふわふわと横滑り的な、自分探し的なキャリアに終始してきた彼の、もしかしたら初めてかもしれない「キャリアへの執着」である。わたしはそもそも不倫なんてどうでも良いと思っているし、挫折して再度実績を積み上げている今なら、彼は政治家に相応しい存在になると思う。
わたしは応援する。
不倫? この動画を見てから彼を批判すべきだ。
彼の不倫報道は、そんなテンプレで叩くようなゴシップじゃない。詳しくは『五体不満足』の感想にも書いたが、障害者の性というのは痛切だ。もちろん不倫をして良いと言いたいわけではない。しかしどこまで行っても不倫とは家庭内の事情である。他人の職業選択に影響を及ぼして良い、もっと言うと他人の職業を奪って人生を根本からひっくり返して良い話だとは、わたしには思えないのである。