今野敏『探花 隠蔽捜査9』

個人的に今ハマっている隠蔽捜査シリーズの第9弾。

本シリーズはいわゆる警察小説だが、他の警察小説を一線を画すのは、主人公が現場の刑事ではなく警察官僚すなわちキャリアである点だ。その点で「事件は現場で起こっているんだ!」という胸アツ系の警察官とは異なるのだが、実は本シリーズの主人公は一般的な警察官僚ともだいぶ異なる。まず主人公は元々キャリアであること、上層部のエリートであることに大きな誇りと使命感を抱いており、順調に出世もしてきた。しかしそれは権限を増やしてエリートとしての使命を果たすためである。言い換えれば、別に出世そのものに関心はなく、単に自身の信条である「原理原則」にこだわって働いた結果、出世しているだけなのである。何だろう、この辺はどう表現すれば良いのか。幕末や明治のエリートのような感じにも近い。いずれにせよ泰然自若としている。

この原理原則へのこだわりは徹底されており、例えばシリーズ第1弾では、大学受験を控えて浪人中の息子が「薬物に手を出す」というとんでもない問題が家庭内に立ち上がる。警察は減点主義の古い組織で家族と離婚しただけでも体裁が悪いとされている中、家族が薬物に手を出したとなると、キャリアとしてはもう終わりである。通常の警察官僚であれば全力で隠蔽するような家族の醜聞というか犯罪を、一切の隠蔽をするどころか包み隠さず開陳してしまい、1巻のラストでは「警察庁長官官房総務課課長」から「大森署の署長」という降格人事を受けてしまう。しかし主人公は、独自のキャリア信条に忠実に、たとえ降格されても公のために働き続けるという選択をし、降格人事を受け入れる(通常は皆この時点で辞める)。そして降格先の大森署で、辣腕を振るい始めるのである。そしてそれらの成果が認められ、8巻から「禊を果たした」として再度キャリアの出世街道に乗り、神奈川県警の刑事部長になる。ほとんど有り得ないことだが、この主人公ならおかしくはない、と思わせる魅力がある。

本作である9巻も、神奈川県警の刑事部長として辣腕を振るう。今回は同期のナンバーワンの成績を持つ八島という男が出てくるが、まあ主人公の器には到底かなわないよねという。久々の新刊だが相変わらず面白いなあ。そろそろ1巻から読み直そうかな。