川端康成『みずうみ』

昔の文豪は文章が巧い、文章力が高いというイメージがある。

けれどいざ読むと、当時と今で文体の捉え方も違うし、巧いかどうかは正直わからんなあ。

森鴎外のような擬古文に比べたらはるかに読みやすいが、内容的にも今時のポリコレ大好きな人が読んだら怒り出しそう。

冒頭から、34歳の男が、湯女ゆなにマッサージを受けているだけなのにかなり気持ちの悪い会話で湯女に(口説いているというわけでもないのだが)声がサイコーだねと猫撫で声でおだてている。

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それだけなら「おっさんだね」で済むが、この男はお気に入りの女の後をつけないと気の済まない性癖で、自分の教え子の後をつけて家まで行った挙げ句、見つかったので「ほら、君のお父さんは水虫だろ、僕も水虫だからお父さんに良い薬を教えてほしくて来たんだ」と真っ赤な嘘を付き(ついでに言うと後をつけた理由にはなっていない、学校内でこっそり呼び出してお願いすれば良い話である)、今度は持ってきてくれた教え子に対して、自分が後をつけた事実を隠蔽したいがために「君のお父さんは金持ちだけどろくでもない稼ぎ方で成り上がったんだろう?」と脅しをかけ、それが原因で教師の職をクビになっている。それにも飽き足らず、今度はまた違う女性の後をつけ、落としたハンドバッグの20万円を盗んでいる。

本作の初出が1954年で、本作の舞台は明確にはわからないものの戦後だという描写がある。すると本作の舞台は大体1945年〜1954年、ざっと1950年頃だろう。軽くググってみると1950年の大卒銀行員の初任給が3000円ということだから、20万円というと初任給66.7ヶ月分、5.5年分になる。物価がどんどん上がっている時代だから正確ではないものの、途方もない金額だ。それを「気に入っていた女が落としたラッキー」「こんな大金を盗まれて新聞にも記事が出てこないのはあの女の金もいわくつきだ」で盗めるというのはとんでもないクズである。事実、それなりにはいわくつきの金だったわけだが、それでも普通はビビって盗めない規模の金だと言って良い。

……なんてことを考えて、若干気が散って集中できなかった。

いずれにせよ変態性の高低を小説家の間で争ったら、谷崎潤一郎などに並ぶトップクラスの変態度であることは確実だと思う。