五藤隆介『アトミック・リーディング 読むことと書くことから考える読書術』

『アトミック・シンキング』という本に凄く刺激を受けたので、続編となる『アトミック・リーディング』も読んでみたのだが、個人的には全然ピンと来なかった。もう少し正確に書くと、本書は昨年8月に出版されており、『アトミック・シンキング』を気に入っていたわたしは当然発売前から予約して、発売後すぐ読んでみたのだが、あまりにもピンと来ないので「ハードルを上げすぎたかな」と一旦寝かせていた。そのまま9ヶ月ほど経過し、もう変な期待はしていないだろう、もう冷静に読めるだろうと改めて読んだのだが、冷静に読んでもやはりピンと来ない。

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そもそも『アトミック・シンキング』では、「アトミック」に考えるとはどういうことであるかが明確に語られていたように思う。著者の言う「アトミック」とは、命名的には「原子」から来たもので、要するに最小単位ということだ。つまり「アトミック」に考えるとは、事象をたったひとつの事実や考えに細分化し、それを書籍や他人の主張そのままではなく、あくまで自分の言葉で表現する。そしてそのアトミックに考えた思考のひとつひとつを、WikiやObsidianのようなデジタルツールにまとめて、リンクを張り巡らせていく。しかもその文章自体は完成形ではなく、常にupdateし続ける。

この発想がわたしは面白いと思った。

しかし本書は『アトミック・リーディング』というタイトルだが、結局「アトミック」に読むことが一体どういうことなのか、全く示されないまま読み進めなければならない不安感や不愉快さがかなり強いし、読み終えた今でも正直よくわからない。読書カードみたいな話はあったが、結局それは「アトミック」に考えることと何が違うのか? 読むのが退屈で、途中で読み飛ばしたのかもしれない。

次に本をたくさん読むことには何の価値もないと書いているが、年間で5冊も読んでいない人間が主張するには、あまりに傲慢な話ではないだろうか。「何かを主張するために(大して関係のない)他の何かを批判せざるを得ない人」は基本的に貧しいし、その主張も貧しい可能性が高いとわたしは思う。