加納梨衣『スローモーションをもう一度』1〜4巻

いわゆるスクールカーストの上位にいる主人公(高校2年生男子)は、実は「80年代文化が大好き」という秘密を持っていた。中森明菜、大瀧詠一、スケバン刑事を演じた斉藤由貴、アイドル文化を支えていたブロマイド(ブロマイド)やカセットテープ、ウォーターゲームと呼ばれる水中輪投げおもちゃ……。

わたしは1978年生まれで、80年代というよりは90年代文化で生きてきた人間なのだが、それでも「昔の文化」にレトロ趣味と一口でくくれない魅力があるのはわたしにもわかる。例えば、中森明菜をYouTubeで検索せよ。まさか19歳やそこらでDesireを歌っていたとは。何たる歌唱力! しかも巧いだけでなく、声には色気というか、名状しがたい情念のようなものが宿っている。上手ですらなく、ただ単にキーが高いだけの歌声を聞かされるアイドルとは、雲泥の差である。

他にも、松田優作は(まだ)本作にはほとんど登場していないが、わたしは飄々としたユーモアを織り交ぜた『探偵物語』と、『蘇える金狼』『野獣死すべし』が同じ俳優であることに心底驚く。『探偵物語』は松田優作の入門編であると同時に代表作であり、わたしもあの飄々とした生き様に憧れた一人だ。一方、『野獣死すべし』における松田優作は怪演とも言うべき鬼気迫るものである。

閑話休題。そんな80年代文化に憧れる主人公は、ふとしたきっかけで、同じクラスの女子がやはり80年代文化に傾倒していることを知り、休息に距離を縮めていく……というアウトライン。とにかく絵が抜群に上手く、80年代文化の魅力を十分に引き出しているのに、古臭くない。つまり洗練されているのである。

ラブコメ・ラブストーリー領域における現在進行中の漫画は『星野、目をつぶって。』一択だと思っていたが、本作も抜群に面白い。大推薦漫画である。

なお、全く気づかなかったが、『スターライトウーマン』を描いた方の新作である。