羽海野チカ『3月のライオン』16巻

将棋漫画――なのだが、本作が連載を始めた頃は、まさか藤井くんが出てくるとは思いもよらず、そう考えると感慨深いものがある。

事実は小説よりも奇なり、と言うべきだろうか。

近年の3月のライオンは、ただただ穏やかで、一時期のような葛藤や対立・対決のようなものがほとんどない。

何だろう?

何と言えば良いのか……。

何か「作者自身が赦しを求めて描いているように見える」んだよな。

いや違うな。「作者自身の赦しを得たいという心象風景が作品化したように見える」の方が近いかも。

凄く内面的な作品で、その内面というのは登場人物や作品の世界観ではなく、羽海野チカの内面に見えるんだよな。

私小説的というか。いや私小説でもないな。でも作品ではなく羽海野チカの内面を見せられているという思いは変わらない。

もちろん、それが悪いというわけではない。そういうモチベもあると思うし、そういう作品の面白さもあると思う。羽海野チカ自身、ハチクロを描いたことで散々パリピ扱いされたけど、実際はかなり苦労してきた方だということも聞いたことがある。羽海野チカは若干、精神的に不安定な傾向があるということは、本作のあとがきなどでも自分で語っていたことも印象深い。

いずれにせよ最近は特に、作者自身が救われたがっていて、でもその勇気がなく、こういう「優しい世界」しか描けないのかな、と思ったりして。

でも本当に救われるには、さらに踏み込んだ作品を作るしかないような気がする。その怨念がわたしは読みたい。作者が水際で足をチャポチャポしているのを、編集者が誰も背中を押していない、と感じた。もちろん全く身勝手なひとりの読者の妄想ですがね。