売野機子『MAMA』全6巻

稀に、飛び抜けて歌声の美しい男の子が生まれることがある。そんなとき周囲の大人たちは“天使”が生まれたといって大騒ぎをする。もちろんただ歌が上手いだけの少年はいずれ変声期を迎え、他の少年と同様に成長して青年になる。しかし本物の才能うたごえの持ち主であれば、その声の美しさが頂点に達したとき、命を失い、本当の天使になる――本作は、そのような世界だ。

美しい歌声を持つ少年は、寄宿学校ギムナジウムに入寮することができる。彼らはギムナジウムで共同生活を送り、ギムナジウム内の合唱団クワイアに所属して世界中のイベントやミサで歌うことになる。そしてその収益のいくらかは少年の両親に届けられる。そして“天使”の歌声に到達した少年は、死と引き換えに、多大なる栄誉が与えられる。彼らは、自分が神様に選ばれた特別な存在であることを祈りながら、レッスンを重ね、自身の声の才能を伸ばしていくのである。

ある日、ラザロとガブリエルの二人がギムナジウムに入寮する。2人は同級生で同部屋になったが、2人の入寮の動機は全く異なっていた。ラザロは自身が天使であることを信じて「自分の才能を試すために」やってきた。一方、ガブリエルは「家が貧しくお金のために」やってきたのである。ガブリエルの家庭環境を知ったラザロは、ガブリエルに手を抜くことを薦める。天使の歌声に到達しなければ、ガブリエルは生き残れる。そしてそこからガブリエル自身の生き方を見つければ良い。一方、心の底から天使になりたくてギムナジウムに来た自分のことは応援してほしいと。2人は短い時間ながらお互いを理解し合い、親友と言って良い間柄になる。
しかしラザロはこの後、激しく打ちのめされ、ガブリエルに複雑な感情を抱くようになる。ラザロとガブリエルはこれから共同生活を送るクラスメートの少年たちの前で歌声を披露したのだが、ガブリエルの歌声が圧倒的だったからである。天使を目指していないガブリエルの方が、自分よりも豊かな才能を持っている――そんな秘めたる失意のエピソードから、ラザロとガブリエルを含む8人の少年の共同生活が始まる。

本作は、才能うたごえと死というこの設定がとにかく秀逸だね。親への仕送りのためにほどほどに力を抜いて歌う少年、ただ純粋に天使を目指すが他人の才能に嫉妬する少年、自分が選ばれて死ぬことを確信しながらギムナジウムの外で出会った少女への恋を抑えきれなくなる少年……色々な少年が出てきて、激しく胸を打つ。冒頭を読んだ当初は、本作は「才能」を描いた物語の最高傑作のひとつになるかもしれないと思っていたのだが、読み終えた今、もっと色々な可能性と広がりを秘めた作品だと思う。もっと読み込んで、他人と語り合ってみたい作品だなぁ。