『新聞記者』@Netflix

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ネトフリオリジナルドラマ。全6話。

本作は森友学園問題(文書改竄)をベースとしたフィクションである。フィクションだが事実をベースにしている。事実をベースにしているがフィクションなのかという話になると、実はこの辺、遺族とも揉めているらしいが、その辺のやり取りには正直あまり興味がないので、興味のある方はググってください。

なおわたしの考えは、完全ノンフィクションのドラマ化という形にして現実の政治家や官僚・その他関係者との軋轢を生む、もしくは後述するように「組織的圧力」がかかって「保身」のために色んなことを「忖度」して作られなくなるよりは、この問題の起こった背景や構造をフィクションのドラマとして訴える方がよほど意義のある行為だと思うし、フィクションから学べることも多いと思っている。一方、そんなことを言い出すと多方面から正義の心で良かれと思って色々と言い出す人が出ないとも限らないので、この話題はやはりこの辺にしておく。

閑話休題。わたしが着目した――着目せざるを得なかったのは、一人ひとりは何か悪事を働こうとして文書改竄に手を染めたわけでは必ずしもないように見える、ということだ。政権を守る、首相夫人を守る、財務局を守る、上司の立場を守る――各人がそのことに使命感を持ち、改竄に手を染める。しかしその実態は、忖度と組織的圧力と保身なのだ。

こう書くとオマエは自民党支持者かと大激怒する人が出てきそうだが、この作品において文書改竄に首相や首相夫人は関係していない。少なくとも直接的な指示はしていない。そして事実もそうなんじゃないかとわたしは推察している。周囲が勝手に忖度しているのだ。なぜ忖度するのだろう? 権力があるから? たぶん違う。皆が真面目に忖度し過ぎているからに過ぎないと思う。忖度などせず、つまり忖度の伝播で改竄などせず、矛盾があるなら追求を受けさせれば良いのだ。大人のケツは自分で拭かせれば良い。周囲の秘書や官僚が要らぬ忖度までするからこういう悲しい事件が起こる。

なぜ忖度や組織的圧力が発生するのか考えると、結局のところ、霞が関が古い組織であり、古い人たちによる事件なのだなと思った。

上司から文書改竄を強要されるシーンがあり、大変に追い詰められ、その官僚は自殺してしまう。本作はフィクションであっても事実をベースにしている作品であり、こんな人・こんな事件が実際に存在してしまったこと自体とても心が痛い。吉岡秀隆の追い詰められていく演技というか顔の表情がもう、見ていて心臓が握り潰されそうな切迫感を抱いた。

しかし今の時代、ひとつの組織に心中するような話は古いし、また終身雇用や家族的経営がなくなっている現代において心中する意味もない。組織と心中したところで別に自分を守ってくれるとは限らないからだ。わたしなら、今後のためにやり取りは全部録音しておく。スマホひとつでやれるわけだし、そもそもわたしはスマホでは録音していませんよというポーズを取りながらポケットに忍ばせたICレコーダーで録音するだろう。