水無田気流『黒山もこもこ、抜けたら荒野』

黒山もこもこ、抜けたら荒野  デフレ世代の憂鬱と希望 (光文社新書)

黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望 (光文社新書)

著者の名前は「みなしたきりう」と読む。女流詩人にして社会学者とのこと。「はじめに」の冒頭で「名前の由来」について書いているが、いきなり面白いので引用したい。

 変な筆名で、どうもすいません。
 と、読者諸氏にはいきなり謝っておく。よく聞かれることなので最初に説明しておくが、この変な筆名の姓は中原中也の「蝉」に出てくる「水無河原」から、名は松尾芭蕉の「不易流行」のまんなかを取り出し、当て字にしたものである。
 補足説明をしておくと、私は(一応)詩人、性別・女、既婚、ついでに子もちである。もっとも、いろいろなものを書きすぎて、自分が何者なのかよく分からなくなってきている。最近では作品よりも、評論の依頼の方が多いし……。
 ともあれ、筆名を決める際、私は脳内会議で二つの案を提出した。


 一、思いっきり、ヘンテコな名前にする。
 二、思いっきり、平凡で匿名性が高い名前にする。


 脳内投票では、当初第二案「平凡な名前」が優勢だった。自分の生い立ちの凡庸さ、そのプロフィールの地味さ、中途半端な歳の取り具合、その他諸々の要素を鑑みてもおそらく第二案がふさわしいと思ったのだ。
 だが、少数意見側が手をあげる。
「議長! たしかにそれはあなたの人生にはふさわしいですが、あなたの作風には合いません!」と。
 静まりかえる、脳内議員一同。おずおずと、作品と候補にあがった筆名を読み比べる者が出た。
 候補筆名。
 鈴木花子、佐藤花子、山田花子……。じゃ夭逝の漫画家かお笑い芸人だ、これは却下。
 他方、私の作品名「音速平和」「電球体」「ヒナタ計」「シーラカンス日和」「オンリツ」「重奏帯」「水宴」……。
 ううむ、似合わない。
 かぜん優位になった少数派は、ここぞとばかりに意見を述べる。
「議長、今や世はネット時代です! 少しでもあなたの作品に興味をもった方が、あなたについて検索をかけた際、速やかにあなたの情報にたどりつけるよう、ヘンテコ筆名を推奨します!」
「議長! 加えてあなたの実名も平凡です! この前試しに自分の名前をグーグルにかけてみたら、自分の学術研究報告だけでなく、懸賞に当たった人やら、殺人事件の被害者まで出てきたではありませんか! 学会報告をしたあと、冷蔵庫が当たって喜んでいたら、殺されてしまった人物でどうするんですか、議長!」
「議長! 筆名まで平凡にしたって面白くありません! ただでさえ、あなたの人生はいろんな意味で埋没しきっているというのに!」
「議長……!」
「もうよろしい! 議題『どうする! どうなる? 私の筆名』は、ヘンテコ筆名で決定! 散会!」
 というような経緯で、私の筆名は決まった。

「この文章をいきなり読まされたら、もう買うしかないでしょ!」という感じだが、内容についても少し触れておきたい。単なる「世代論」でも近年流行りの「階層論」の類でもなく、生まれ育ちがひどく凡庸であるがゆえに浮かび上がってくる「高度成長期後の日本社会の幸福史」を、主観と俯瞰の両方を交えながら記録しておく――という内容の本らしい。つまり本書で為されているのは「個人史」と「高度成長期以降の日本の経済社会構造の変遷史」をクロスオーバーさせるという壮大な試みなのだが、著者自身が認めるように、それが達成されたかどうか俺にはよくわからない。部分部分の主張はなるほどと思うのだが、一体この本全体で何が言いたいのか、わかるようでよくわからない、というのが正直なところだろうか。ジャンルとしても(良くも悪くも)エッセイともコラムとも評論とも言えるし、そのどれでもないような気もする。
まあ文章自体は(さすが気鋭の女流詩人だけあって)巧いし、至るところに著者のユーモアや自虐ネタが随所に散りばめられている。文章を楽しむという意味では十分に面白いと思う。