村上春樹『遠い太鼓』

インキュベ日記が始まる前――特に旅行記や滞在記や異文化交流エッセイにハマった時期に、何度も何度も読み返した本。86年秋から89年秋まで、3年間のヨーロッパ(主にギリシャとイタリア)滞在記である。かなり分厚く、また3年に及ぶスケッチであるため、本書は整然と首尾一貫しているわけではない。すっぽりとスケッチが抜け落ちてしまっている時期もあるし、極限まで疲弊・消耗してしまっている時期もある。しかし、すっかり弱って独白的な文章を書いている時期というのは、(あまり何度も読み返したいものではないかもしれないが)村上春樹の別の一面がふっと見えてくるという意味でとても貴重なものだろう。