荒俣宏『決戦下のユートピア』

決戦下の日本にも、悲劇とともに喜劇があり、地獄のとなりにユートピアがあったのではないか――と考えるようになった荒俣宏が、戦時下という「もうひとつの日常」を日本人がいかに生きたかを探ろうとする本。「ほしがりません、勝つまでは」などと、ストイックなばかりの毎日を生きたように思われがちな第二次大戦下の日本だが、いやいや、庶民はしたたかに日常を謳歌していたということが、本書を読むとよくわかる。興味深い話が満載で、とても面白い。

それにしても、荒俣宏は相変わらずの博覧強記ぶりを発揮して、ファッション・グルメ・文学・お笑い・結婚相談所・新興宗教など、まさに縦横無尽に決戦下を駆けめぐっている。例えば、贅沢追放の戦時下において高級化粧品が槍玉に挙げられたことは想像に難くないが、意外にも高級化粧品は決戦下においても(政府のお墨付きを得て)かなり大量に製造されていた。なぜなら、高級化粧品は、中国大陸で戦略物資を買いつけるために必要な「見返り物資」だったのだ。こうした目的の場合、軽くて小さくて高級なほど、効率が良い。なるほど、確かに化粧品はピッタリなのである。決戦下においても輸出業の戦略は活かされているのである。他には、結婚に関する話も面白かった。昔の「日常」に興味があるなら、ぜひ読んでみるべき本である。