沢木耕太郎『敗れざる者たち』

敗れざる者たち (文春文庫)

敗れざる者たち (文春文庫)

若き実力者たち (文春文庫) 敗れざる者たち (文春文庫) 地の漂流者たち (文春文庫 209-3)
『若き実力者たち』『敗れざる者たち』『地の漂流者たち』で青春三部作というコンセプトを形成している本の一冊。彼の作家キャリアとしては最初期に書かれたもののひとつだが、スポーツの世界で命を賭けて勝負し、そして今まさに敗れていく者たちを「敗れざる者たち」として素描したそのコンセプトは極めて秀逸で、発売後30年以上を経ても本書の美しさはいささかも色褪せることがない。
(決して悪くはないしファンも多いけれど)個人的には「若書き」だという印象を抱かざるを得なかった『若き実力者たち』や『地の漂流者たち』とは異なり、本書は誰が読んでも傑作と呼んで良いレベルにあると思う。その要因は、前述したコンセプトの美しさと、彼の対象への関わり方の独特さである。あくまでも主役は「対象」なのだが、主役を見る書き手の姿が否応なく見える。だから決して客観的なドキュメンタリーではなく、それ故に鼻につく方もいるだろう。しかしそもそも私は、客観的なドキュメンタリーよりは面白くて心を揺さぶるドキュメンタリーを読みたいと思う。その点、下手なタレントやアナウンサーが前面に出てインタビューをしても鼻につくだけだが、著者はその「鼻につく感じ」すらも作品として絶妙にさばき、著者が感じた心の揺れを読者に呈示してみせる。その独特の立ち位置が面白い。著者はこうした独特の立ち位置を自覚して、(正確な時期は知らないけれど)後に「私ノンフィクション」と標榜するようになるのだが、この「私ノンフィクション」は、エッセイ・ルポルタージュ・小説の全ての雰囲気をまとった独特の香気を放つ作品群であり、私の「好物」のひとつである。
さて本書は、スポーツの世界で敗れ去ろうとする「敗れざる者たち」を取り上げた6つの作品で構成されている。天才的資質を持ったが遂に大成できなかったカシアス内藤を取り上げた「クレイになれなかった男」、長嶋茂雄になれなかった2人の男にスポットライトを当てた「三人の三塁手」、マラソンランナー円谷幸吉を取り上げた「長距離ランナーの遺書」、「イシノヒカル、おまえは走った!」、元オリオンズの榎本喜八「さらば 宝石」、輪島功一「ドランカー<酔いどれ>」の6編である。
カシアス内藤を取り上げた「クレイになれなかった男」や、輪島功一、円谷幸吉などのノンフィクションが収録されている。特にカシアス内藤と輪島功一のエピソードは非常に読み応えがあって好きなのだが、Amazonのレビューを読むと、6編のどのエピソードにもそれぞれ熱い思い入れを持った方々がいる。それだけ傑作だと言うことだろう。
それにしても沢木耕太郎の取材対象への独特の関わり方や立ち位置は、単なるルポルタージュやエッセイを超えた不思議な熱があるように思う。とにかく巧い。