米澤穂信『折れた竜骨(下)』

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

魔術や呪いが実在するという条件下でのミステリ。

12世紀ヨーロッパとか言われても固有名詞がピンと来ないので、最初は凄く取っ付きづらかったが、魔術や呪いが物理法則として実在する条件下でのミステリなんだなとわかってからは、かなり没入できた。最後は「これが流行らないのはおかしい!」ぐらいの興奮と共に読み終えたが、実のところWikipediaによれば、第64回日本推理作家協会賞受賞作など、世間での評判も高いようだ。

少し脱線するが、わたしは、SFやファンタジーの類が全般的に好きだ。そしてファンタジーの中では、いわゆるハイ・ファンタジーよりも、今ある世界をベースとしながらも「ちょっとだけこの世界とは違う」という程度の設定が基本的には好きだ。これをロー・ファンタジーと呼ぶのならそうなのだろうが、例えば最近の漫画でいうと『僕のヒーローアカデミア』における現代社会に職業ヒーローとヴィラン(悪役)が存在する世界観とか、そのスピンオフ『ヴィジランテ』における職業ヒーローがいるなら無資格・非合法ヒーローも存在するだろうという世界観とか、『エルフさんは痩せられない。』における色々な異世界人(エルフ・ダークエルフ・オーガなどなど)が存在する(けど体重管理・体型管理には悩んでいるんじゃないか)という世界観とか。まあ言い出すとキリがないんだけども、こういうのが大好物なのである。何故この手の作品が好みかと問われると、要するにロー・ファンタジーは読み手にとって(少なくともわたしにとって)強烈な「思考実験」だから、なのだと思う。ハイ・ファンタジーは「うんうん別世界だね」となりがちだが、ロー・ファンタジーは作者が意図するかせざるかに関わらず、時として強烈な思考実験となり、さらに時として現代社会への問題提起になる。普段はただただ娯楽として楽しんでいるのだが、好きな作品は何回も、あるいは何十回も読み返すので、そのうち問題意識というかテーマのようなものがわたしの中に内面化されてくるのである。

話を戻すが、本作『折れた竜骨』の面白さは、その設定の巧みさ故に、読み手に強烈な「思考実験」として作用する点だと思う。魔術だね、呪いだね、と別世界として描いた瞬間もう得られるものはないが、魔術や呪いを物理法則として描いた途端、たとえ魔術でも物理法則である限り様々な物的証拠や状況証拠が残るから、上手くやらねば犯人がわかるんだなとか、不死と言っても捕まって牢屋にブチ込まれたら基本的に何も出来ないねとか、魔術や呪いが必ずしも万能ではない様子が色々とわたしの頭にも思い浮かんでくる。

あとがきによれば、この手の「特殊条件下」のミステリは他にも結構あるそうで、作者による特殊条件下ミステリのリスペクトが幾つも書かれていた。そっちも読み進めようかな。

余談

調べてみると、米澤穂信の作品で未読なのは、最新作の『Iの悲劇』を除けば、あとは〈小市民〉シリーズだけらしい。〈小市民〉シリーズのうち『春期限定いちごタルト事件』は既に読了済なので、残りは『夏期限定トロピカルパフェ事件』と『秋期限定栗きんとん事件』である。今年中に読もう。