関川夏央+谷口ジロー『『坊っちゃん』の時代 第二部 秋の舞姫』

激動の時代であった明治時代を生き抜いたを明治人(あるいは明治時代そのもの)を、日本を代表する文豪・夏目漱石を軸に描き出した漫画――であったが、好評だったらしく、全5巻のシリーズになった。第二部は、夏目漱石と並んで日本文学に燦然と輝く文豪・森鴎外を中心に取り上げている。
森鴎外は、夏目漱石のように外国で神経症になることも無く、エリスという女性と恋に落ちる。海外に留学した明治時代のエリートの多くは帰国時に金で女との縁を切ったが、森鴎外はそれを選ばない。覚悟を決めて愛を貫こうとするのである。結果、エリスは森鴎外を追いかけて極東の島国までやってくる。森鴎外も、両親を説得しようとする。しかし説得できない。自らの覚悟の甘さを母親に見透かされてしまうのである。
愛を語る割には、個人よりも家が先にある日本の構造を変える力も無く、全てを捨ててドイツでエリスと生きる道を選ぶことも無かった。良くも悪くも、森鴎外は理性の人間であり、家や国を捨ててまで愛を貫く蛮勇を震えるような個は持ち得ていないことを母親に指摘される。そして自らの愛が敗れたことを自覚するのである。
エリスのエピソードは他にも幾つか載っているが、エリスは美しく、そして聡明で理路整然とした女性だ。しかしだからこそ、明治時代の日本社会では特異に映る。これは21世紀現在でも、その本質はほとんど変わらない。異人は孤立し、理屈よりも情が先に立ち、そして理屈よりも「世間」が先に立つ。関川夏央が考えるように、確かにこの時代の日本は、日本にとって非常に大事な時代のようだ。