渡辺浩弐『2999年のゲーム・キッズ』

渡辺浩弐がライフワーク的に発表していたショートショート「仮想科学小説」シリーズの系譜ではあるけれど、本書だけは他の「仮想科学小説」シリーズのようなショートショートではない。どうやら同名のゲームの原作小説らしく、形式的には連作小説に近いだろうか。塔を中心に奇妙に区分けされた閉鎖的な街で生きる人々は、それらが西暦2000年前後には夢の技術であったことなど考えることもなく、人工臓器や赤ちゃん製造装置・クローン技術などを当たり前に使用している。そもそも本当に「人間」なのだろうか? いずれにせよ、そこでは時間や場所や記憶――いや人生すらもが出口のない閉塞的な状況に陥っており、それをおかしいと思うような人々もほとんどいないのである。本書には様々なキャラクターが登場するが、それぞれが一様に閉塞的な人生を送っており、ある種のSFや未来予測に共通する独特のペーソスやアイロニーに彩られている。
本書で使われているものは既に「仮想科学小説」シリーズで提起されたような技術や発想が大半であろう。それら1つ1つの技術を取り出せばワクワクするような可能性にも満ちていたものの、シリーズを読む限り、著者は必ずしも科学技術の際限なき発展を好意的に捉えているばかりではなさそうだ。「小説だよ」と割り切ったゲーム的なブラック・ストーリーの中に、時折「ゲーム・キッズ」の申し子の物語を通した強い危機感が透けて見える。
実際、本書のような社会は単なる「ゲーム的な夢物語」や「SF世界」とは言えないだろう。科学技術が発展を遂げ、人間の力や自由度や可能性が増していくにしたがって、「誰に管理されているのかもわからない管理社会」「管理されていることすらも気づかない管理社会」に知らず知らず変貌を遂げていくという本書の発想は、2999年の到来を待たずとも2007年現在の社会で十分に議論可能なリアルな視点だからである。住民基本台帳指紋認証や手の平認証に代表されるバイオメトリクス認証技術、街の至るところどころか家庭にまで設置されている膨大な数の監視カメラや盗聴器、自国内レベルでは既に複数の国が実現していると言われる(エシュロンに代表される)通信傍受システム――全ての人間が否応なく組み込まれる監視社会は着々と構築中である。