ポール・ウェイド『プリズナー・トレーニング』

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

  • 作者: ポール・ウェイド,山田雅久
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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著者は元囚人で、23年間も服役したそうだ。しかもそのうち19年間は、アンゴラやマリオンといったアメリカでも有数の過去な監獄に収監されていた。監獄生活は極めてタフであり、強くなければ生き残れない。そこで著者は監獄の中でもできる自重トレーニングを徹底的に開発して、ひとつの体系(著者はキャリステニクスという言葉を使っている)としてまとめ上げた。それが本書である。

なお本書の原題は『CONVICT CONDITIONING(囚人のコンディショニング技術)』であり、著者はこのタイトルに相当な思い入れを持っているのだが、営業上の理由なのか、日本語版の書名は『プリズナー・トレーニング』となっており、刃牙で知られる板垣恵介のイラストが表紙に載っている。前者の書名についてはまあ仕方ないかという気もするが(コンビクトという英単語は日本人にあまり馴染みがない)、後者のイラストについては完全に失敗だと思う。

なぜか?

本書の一番の特徴であり主張は、自重トレーニング(自宅トレではない)だけで筋力トレーニングが可能であり、ダンベルやバーベル・各種マシンを使ったそれよりも有効であるというものだ。ダンベルやバーベル・各種マシンを使って鍛えた風船のように膨らんだボディービルダーの筋肉に価値はないというのが著者の主張なのである。しかし板垣恵介のイラストは、明らかに「風船のように膨らんだボディービルダーの筋肉」なのである……。

そもそも自重トレーニングは現在、一般的には「筋持久力トレーニング」とされているが、やり方を工夫すれば自重トレーニングでも相当な負荷をかけた「筋力トレーニング」を行うことができる。例えばワンアーム・プッシュアップ、ワンレッグ・スクワット、ワンアーム・プルアップなどは相当な筋力がなければ行うことはできない。ハンドスタンド・プッシュアップ(要は逆立ちでの腕立て伏せ)を片腕でやってのけるという神業については、世界でもまともにやれる人がほとんどいないということでアメリカでも厳しすぎると批判の対象になっているぐらいである。また、ダンベルやバーベル・各種マシンを使ったトレーニングというのは、要は自重ではない重りを持ち上げるというものであり、一部の筋肉を風船のように膨らませる代償として、トレーニーの関節や腱には過剰な負荷がかかり、怪我や身体的不調と付き合っていかねばならない。またマシンを使ったトレーニングは筋肉を分離して鍛えるものだが、肉体というのは結局のところ総合的に筋肉を動かしてパフォームするのだから、別々に鍛えても意味がない。安全に負荷をかけつつ全身を鍛えるのが自重トレーニングだと著者は述べている。

本書では、プッシュアップ、スクワット、プルアップ、レッグレイズ、ブリッジ、ハンドスタンド・プッシュアップという6つのトレーニングを「ビッグ6」として、その6つにそれぞれ10段階のトレーニング法を設定している。どのトレーニングもステップ1は(怪我をしている・していた人を除けば)誰でも簡単にやれるものである。しかし次のステップに進むのをグッと堪えて、物足りないなというぐらいのステップをじっくりこなしていくことを著者は薦める。それは次のステップに進んだ瞬間にできなくなって、無理にこなそうとして怪我をしたり、モチベーションを失ってしまうことを避けるためである。自宅で自重でトレーニングするというのは孤独な作業だ(監獄の中はもっと過酷だっただろうが)。無理をし過ぎず、誰でもやれるようなトレーニングも、フォームに気を配り、反動を使わず、完璧にこなしてから次に進む。そうすると次のステップに進んでも全然できないということはなく、ステップを着実に進めることができる、というのが著者の信念だ。そしてどのトレーニングも最後のステップ10では、常人ではとてもできないレベルのトレーニングになっている。すなわち、ワンアーム・プッシュアップ、ワンレッグ・スクワット、ワンアーム・プルアップ、ハンギング・ストレート・レッグレイズ、スタンド・トゥ・スタンド・ブリッジ、ワンアーム・ハンドスタンド・プッシュアップの6種だ。常人ではひとつもこなせないだろうが、本書曰く、アメリカでは腕を鍛えるのが流行っており、ワンアーム・プッシュアップだけができるという人はそこそこいるようだ。しかし6つ全部できる人はほとんどいない。

わたしが本書のアプローチで気に入ったのは、あえて軽いステップから我慢してやり続けるということだ。もっと高いステップを1回や2回はやれるのだが、あえて我慢して低いステップでトレーニングをした後に高いステップに挑戦する時のことを、著者は「モチベーションが沸騰している」と表現している。その数ヶ月前、1回や2回を無理してやれたであろう肉体は、低いステップで我慢してやったことで、高いステップをこなすための準備が肉体にも精神にも充満している。準備が整っているということだ。自分はやれるだろうという確信のもとに、1回や2回ではなく、初心者の標準どころか中級者の標準までもクリアしていく。しかしまた、そこで完璧に自分の体をコントロールできるまで、そのステップでトレーニングを繰り返し、次のステップの準備を続けていくのだ。このサイクルを続けていけば、いつしかステップ5やステップ6に到達する。腕立て伏せで言えばステップ6はクローズ・プッシュアップであり、プルアップで言えばステップ5がフル・プルアップである。腕立て伏せも数回なら誰でもできるが、体幹を意識しながら正しくこなすのは容易ではない。同様に、フル・プルアップを正しいフォームと無反動で数十回やれる人が果たしてどの程度いるだろうか。しかし、これでもまだ中盤なのだ。

なお、6つのトレーニングで良いのかという問いに対して、著者は基本的にはこれで良いと回答している。6つより多いと手が回らないし、6つより少ないと鍛え方にムラが出る。ベースはビッグ6のステップを着実にこなしていくことに尽きる、しかし飽きても良くないので、変化をつけるためのバリエーションを本書ではたくさん載せている。

本書の理想は、ボディービルダーの体ではない。しかし最近流行りの細マッチョかと問われると、それもまた全然違うのである。わたしの理解では、本書の理想はトップクラスの体操選手の肉体に近いと思う(本書に出て来るモデルを見る限り、日本人の体操選手よりはもう少しマッチョだけどね)。本書でも何度か体操選手の比喩が出てくるのだが、体操選手の肉体は、肩や背中の厚みが実は物凄い。胸や腹といった体幹周りも凄い。あれをちゃんと見て「細マッチョ」という人はいないだろう。しかしボディービルダーのそれともちょっと違う。体操という競技の特性上、彼らは自重トレーニングを徹底的にやっているようなものなので、自重に耐え切れるだけのああいう筋肉がつくのだと思う。わたしも体操選手の肉体は格好良いなあと常々思っていたので、本書はビッと来た。まああとは実践あるのみ。ステップ1からね……。