不穏な主人公を描かせたら天下一品な漫画家4名(作品10選)

タイトル迷ったんだけどね。最初は「感情移入できない主人公を描かせたら天下一品な漫画家」と書いてて、次に「予定"不"調和な漫画を描かせたら……」と題していたが、最終的に「不穏」というキーワードに落ち着いた。これでも100%はしっくり来ていないんだけど、まあ人選を見たら納得してくれるのではないか。

山本英夫・新井英樹・佐藤秀峰・イワシタシゲユキの4名である。

山本英夫

いわゆる現代社会の闇を「変態」な主人公によって切り取っていくタイプの作品が多いかも。

① 『新・のぞき屋』(およびそのプロトタイプ『のぞき屋』)

[まとめ買い] 新のぞき屋

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のぞき屋 1巻

のぞき屋 1巻

  • 作者:山本英夫
  • 発売日: 2016/10/01
  • メディア: Kindle版
山本英夫の商業出版された作品は全て読んでいるが、極私的には山本英夫作品の中で最もおすすめしたい。一方的に相手を「のぞく」ことでしか相手とコミュニケーションが取れない、また相手を「のぞく」ことでかろうじて自分のアイデンティティを保っている危うい主人公が、仲間と探偵業を営み、依頼人や依頼対象の奥底を覗く話。最初は単なるのぞき趣味のネアカな変態青年という印象だったが、読み進めるにつれてそうではない(不穏さを持った主人公である)ことがわかってくる。オタクやコミュニケーション不全といったキーワードが話題になった90年代らしいモチーフとテーマだと思っていたのだが、よく考えると結局2020年現在でも同じモチーフとテーマで十分通じるような気もする。同時代性と普遍性の双方をエンタメ調理した大傑作だと思う。

なお『新・のぞき屋』と『のぞき屋』は別作品なので、『新・のぞき屋』から読んでほしい。

② 『殺し屋1』

[まとめ買い] 殺し屋1

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これはもうね。主人公も敵もブッ飛び過ぎてて。そこそこグロい描写がある。

③ 『おカマ白書』

[まとめ買い] おカマ白書

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『おカマ白書』は「女装させられた自分に惚れてしまった主人公がゲイバーで働き、そこで出会った女性と付き合うが……」といったプロローグのギャグ・ラブコメ作品。個人的には歪んだ自己愛というテーマなのだと思っていたが、同性愛の団体から猛抗議を受けて有害コミック指定云々で話題になるなどした不遇の作品でもある。個人的には好きなんですが、90年代と2020年現在では、この手の性的マイノリティへの社会の認識は相当変化しているから、その意味では少々古いかも。

④ 『ホムンクルス』

『ホムンクルス』は、頭蓋骨に穴を開けるトレパネーションという手術を受けることで他人の深層心理をビジュアルイメージで観る特殊能力を得た主人公の話。めちゃくちゃ面白い話なんだけど、トリップしまくって途中からかなり難解になった気がするので、山本英夫作品の中でも上級編だと思う。作品を重ねるごとに難解になっていく傾向のある表現者は一定数いるが、『ホムンクルス』はもう典型的なそれ。なお、トレパネーションは一般的には穿頭と呼ばれるもので、神秘主義者などによって今も実際に施術されているそうだ。

新井英樹

この人はもうガチです。エゴ丸出しで、どこに話が転ぶのか予想がつかない。不穏さ全開。

⑤ 『シュガー』および続編『RIN』

[まとめ買い] シュガー

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[まとめ買い] RIN

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新井英樹作品の中では、最も読みやすい気がする。いわば入門編。観るものを魅了する、自他ともに認める天才ボクサーが主人公。常に才能が努力を凌駕するセカイで、主人公は常にヘラヘラ笑い、主人公なりの切迫感はあるものの思考も言動もかなり理解しづらい。まさに天才の悩みを凡人には理解できないってやつで、個人的には不穏さ大爆発の漫画。でもボクシング漫画としての爽快感も大爆発しているので、その点では読みやすい。

⑥ 『ザ・ワールド・イズ・マイン』

無差別殺戮を繰り返すモンちゃんとトシの二人組(通称トシモン)と、北海道から津軽海峡を渡って東北を南下しながらやはり人々を殺して回る謎の巨大生物・ヒグマドンを中心とした群像劇。暴力と混沌を描きまくっており当然ながらグロ描写有。なお、先に挙げた『殺し屋1』と同時期・同雑誌の連載で、Wikipediaによればカルト的な人気を得た……らしい。「らしい」と書いたのは、わたし自身が当時のヤンサン(週刊ヤングサンデー)をフツーに愛読しており、アングラな作風とは思っていたけれど他人の評判はよく知らなかったから。でも改めて俯瞰すると、ヤンサンは凄い雑誌だった。マジで名作揃い。山本英夫・新井英樹・佐藤秀峰の主戦場はヤンサンであったから懐も広い。

次点:『宮本から君へ』『愛しのアイリーン』

いわゆる初期作品。この辺も凄い。Wikipedia読むと最近の作品は未読だったので、近作をポチりながら初期作品も読み返すことにしよう。

佐藤秀峰

勘違いしてほしくないのが、わたしは、漫画家自身の性格や資質が不穏だと言っているわけではない……というコメント自体が野暮であるかもしれない。海猿の映画化やブラよろの連載等、色んなところでトラブルを起こしているが、わたしは基本的には、この人は漫画家の(自分の、なのかもしれないが)権利やビジネスモデルに自覚的であろうとしているだけなのだと思う。

⑦ 『ブラックジャックによろしく』および続編『新ブラックジャックによろしく』

医療漫画。一世を風靡した漫画であり、これまでに星の数ほどの人間がこの漫画について語ってきたし、わたし自身も語ってきた。だから多くは語るまい。

しかし1点だけ語っておくべきことがある。著者は1巻で、日本全体の医師の数は足りているのだが、病院の数が多すぎて、ひとつの病院に満足な数の医師がいない。だから主人公のような何もできない研修医が夜間当直に入ることはごく一般的なことだ――という指摘をしていた。コロナ禍の現在、著者が指摘したこの構造的な問題は全く解決していないということが明らかになったと思う。個人やごく少人数で運営する町の病院はたくさんあるが、コロナに対応できる病院、すなわち大規模かつ専門的なオペレーションが可能な病院数(もっと言うと医師数・病床数・医療機器)が足りていないのだ。慌てて肺炎の重症患者に対応した人工呼吸器云々とか、PCR検査キット云々という話がよく批判されるが、これは構造的な問題で、近視眼的な批判には意味がない。このままだと、10年後に別の病気が流行っても、あるいは大規模な災害が起こっても、やはり同様の問題が起こる。

なお『ブラックジャックによろしく』は完全版というカラーページ再現版もあるので、そちらも興味があればどうぞ。

次点:『描クえもん』

これは迷ったけど次点で。面白いんだけど、何かこう、意図的なものを感じるんだよね。作者の属する漫画界はアレな世界だという怨念ありきで、それをアピるための作品って感じがする。そういう不穏さは求めてない。

もうひとつ、『海猿』は作品としては面白いけど「不穏な主人公」というわけでは必ずしも無いので、選外。

イワシタシゲユキ

この人の描く主人公は不穏さ全開でかなり好き。山本英夫・新井英樹・佐藤秀峰に比べたら知名度が低く、ピックアップする価値が高い。けど筆名を変えすぎて作品が追いかけづらいんだよな。作者として色々と思うところがあるのだろうが、わたしは読み手に不親切な行為だと思うので嫌いだ。なおWikipediaによれば、そらみみくろすけ・岩下繁幸・イワシタシゲユキ・いわしたしげゆき・月島冬二などがあり、現在は月島冬二という筆名だそうだ。そもそも筆名を変えていることすら知らなかったので、今回小学館から新刊が複数出ていたことを初めて知った。なので以下のセレクトは基本的に「イワシタシゲユキ」名義のものである。

⑧ 『女王様がいっぱい』

女王様がいっぱい 1

女王様がいっぱい 1

女王様がいっぱい 2

女王様がいっぱい 2

女王様がいっぱい 3

女王様がいっぱい 3

女王様がいっぱい 4

女王様がいっぱい 4

女王様がいっぱい 5

女王様がいっぱい 5

主人公の泉佐野は、「文学史に名を残す文豪になる」夢を早々に諦め、「文学史に名を残す文豪を育てる」夢と共に出版社に就職する。しかし文芸に携わる機会がないままいくつかの雑誌を転々とし、今回の異動では何と、レディコミ顔負けの過激な描写を売りにした少女漫画誌に配属されてしまう……というラブコメ。というかエロコメかも。詳細は以前の感想を読んでほしいが、家庭教師時代の元教え子の同僚に手を出し、担当の女子高生漫画家に手を出し、心の中は女性蔑視全開で、自分はなぜ文芸誌に携われないんだとクダを巻く。最高に不穏な主人公。

incubator.hatenablog.com

⑨ 『バドフライ』

バドフライ(1) (ビッグコミックス)

バドフライ(1) (ビッグコミックス)

バドフライ(2) (ビッグコミックス)

バドフライ(2) (ビッグコミックス)

バドフライ(3) (ビッグコミックス)

バドフライ(3) (ビッグコミックス)

「主人公が物凄い集中力の持ち主で、コンセントレーションが高まると汗っかきの主人公の汗が止まる」という絶妙に微妙な設定で、好きな女の子のために集中力を発揮して強敵を倒し、気がつけばいつの間にか集中力だけでなく実力も付いているという展開のスポーツ漫画。スポ根漫画でここまで主人公に感情移入できない漫画も珍しい。

⑩ 『ぬけぬけと男でいよう』

原作が内田春菊というだけで既に不穏さが漂っているが、話の展開はもっと不穏だ。劇団の女優と結婚したサラリーマンが、あまり妻と上手く行っていないこともあって別の女と浮気をしており、その女とも上手く行かなくなってくると今度は社内の若い女と浮気をする――という、もうとんでもないクズ男の話である。主人公は妻や浮気相手1を心の中で常に悪しざまに罵倒しているわけだが、それを言い訳に浮気相手2と楽しいことをしており、とにかく主人公に全く感情移入できない。一方で娘は溺愛しているが、この溺愛っぷりがまた異常なキモさがある。これも最高に不穏。