さて、そもそもすきやばし次郎を知らない方もいるかもしれない。わたしも食べたことはないのだが、次郎は最低3万円からのコース料理のみで、ポンポンとスピーディーなペースで寿司が出てくるので、本当に早い人は15分とかで食べ終わってしまうそうだ。ただ寿司というのはファーストフードの側面も持っており、さっと食べてさっと出るというのは、かえって粋な気もする。そんな寿司屋にフィーチャーし、店主の小野二郎、二郎の息子や弟子、料理評論家などのコメントを丁寧に拾い上げながら、職人の世界を素描していく。
職人と言えば、「この道何十年」なんて乱暴な修行は時代遅れであるということはネットでもよく言われている。1年もあれば寿司の握り方なんてわかるよねと。それについては、わたしの考えはフラットだ。そうだとも言えるし、そうではないとも言えると思う。すなわち「型」を覚えるのにこの道何十年の世界は確かに無意味だ。ただ、徒弟制度が本当に無駄かと問われると、無駄だという側面もあるのだが、全面的に無駄かというと、そうでもないように思う。寿司職人ではなく、例えば趣味においても、この道何十年の人は確かに凄い。英語の勉強だって初心者が上級者向けトレーニングをしても効果は薄い。そしてわたしのような経営コンサルティングも、一通りの型は2〜3年で覚えられるかもしれないが、そこから先の努力で、味わい深い、そして変革を真に実現できる効果の高いコンサルティングができるようになるのである。
本作では、弟子が、普段の練習では自分なりによくできていると思っていた厚焼き玉子を、いざ作ると全然上手く行かないし、師匠にも認めてもらえなかったと語る。それで毎日3〜4枚とかの厚焼き玉子を、3ヶ月だか6ヶ月だか忘れたが、毎日ダメ出しを食らいながら何回も何回も作り続けたそうだ。そしてついに良いんじゃないかと認められたとき、その弟子は嬉しくて涙が溢れたと言っていた。わたしはその気持ちが凄くよくわかる。クライアントよりも自分のボスの方が厳しく、決して甘やかされない。紛うことなきプロの世界である。しかしその壁を超えると、客先でも自身を持って振る舞えるようになる。師匠が優秀かつ厳しい場合、そのハードルを超えるのは大変なことだ。しかし超えることには大きな価値があるのだ。