インキュベ日記

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梅田望夫『ウェブ時代をゆく いかに働き、いかに学ぶか』

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

しばらく前に読んでいたのだが、あまりに忙しくて感想が書けなかった。読んでから日が経ったので細部の認識が少し異なる部分もあるかもしれないが、まあインスピレーションに従って書いていきたい。
梅田望夫が最近よく言っていることに「学習の高速道路と大渋滞」というものがある。羽生善治が話していたことを梅田望夫が整理して広めているのだが、俺の理解と言葉で再整理すると、要諦はこうだ。
現代は、テクノロジーの進化のおかげで、パソコンとインターネット環境さえあれば、地理的制約も時間的制約も金銭的制約も物理的制約も簡単に飛び越えて、「膨大な情報」にも「専門領域の深い知識」にも「長い経験を重ねた者しか知り得ないノウハウ」にも「詳しい人」にも簡単にアクセスできる。また英語力があれば言語的制約も飛び越え、さらに数十倍の情報や人間にアクセスできる。つまりウェブ・リテラシー(ウェブを活用した学び方)と英語力と覚悟さえあれば、誰でもプロ一歩手前までは学ぶことができるのである。これが「学習の高速道路化」なのだが、問題はそう単純でもない。実はこの「プロ一歩手前」の領域まで、優秀で学び方を知っている人間が大挙して押し寄せ、この領域の人材が溢れ返ってしまうのである。「プロ一歩手前」の評価から抜け出して「プロ」として食っていくには、かなり大きな能力的ジャンプか、明確な差別化を必要とする。しかし、なまじアマチュア層やセミプロ層のレベルが劇的に上がっているため、ここでの競争は苛烈を極める。これが「高速道路の大渋滞」である――。
梅田望夫によると、この「プロ一歩手前」の人材が溢れ返るという現代社会の特徴は、至るところで見受けられるそうだが、確かに同感である。これは英語力であっても会計リテラシーであっても金融リテラシーであってもコミュニケーション力であっても、もちろん梅田望夫の好きな将棋であっても同じである。また現在そうなっていない領域でも、そのほとんどの領域で今後きっと「学習の高速道路と大渋滞」は敷き詰められていくだろう。俺たちはIT革命の最中を生きているのだ。社会が変わっているのだから、その中で生きる人間の能力も当然変わっていく。この構造変化からはもはや逃れられまい。俺を含めた、21世紀でこれからプロを目指す人間がどうしてもブチ当たる壁である。
本書は、梅田望夫の著書やブログで繰り返し示される、この「学習の高速道路と大渋滞」という概念を前にして、人間はどう働き、どう学び、どう生きていけば良いのか、それを示した本である。本書では、大きく2つの道が示される。ひとつは、苛烈な競争と共に「高速道路」を突っ切ってプロを目指す道。そしてもうひとつは、途中で高速道路を降りて、他の人が歩いていない「けものみち」を切り拓き、歩いていく道である。たとえ前例がなくとも、好きを貫いて、自分ならではの価値を出す。乱暴に解説すると、前者が単一の知識やノウハウを積み重ねた従来型スペシャリストの姿で、後者が組み合わせやポジショニングの妙で売り出す現代的なプロフェッショナルの姿かもしれない。あるいは前者が企業や社会でひたすら「上」や「成功」を目指すビジネスマン、後者が「上」ではなく「質」や「深さ」や「濃密さ」を目指すビジネスマンかもしれない。
しかし、好きなことを貫いて「けものみち」を歩くのも、実は相当な厳しさがある。好きなことが何かを知ることだって難しいし、貫くための方法論だって、誰も歩いたことのない「けものみち」なのだから、簡単に見つかるわけはない。それらの問題を解決するために梅田望夫が示した手法が「ロールモデル思考法」である。古今東西の英知の蓄積は膨大なもので、全面的にとは言えないまでも、部分的に参考になることを書いたり言ったりしている人は数多くいる。そういった情報をアンテナ高く探し続け、水を飲むように読書をすることで、常にロールモデルを自分の中に規定していく――ということだろうか。
本書は、冒頭部分については「今までの主張やブログの整理」という感じで全く面白くなかった。しかし上記の「けものみち」や「ロールモデル思考法」の話が出てくる頃から、俄然面白くなってきた。他にも「大組織VS.小組織」の話や、学習法についての話、ベンチャーとスモールビジネスの違いについての話など、非常に興味深い話が満載である。まあ本書については賛否両論・毀誉褒貶が色々あるようだが、俺は非常に刺激を受けたし、また一冊の本が上記のような形で具体的なムーブメントをいくつも起こしていくというのは、やはり優れた本なのだと思う。
ところで梅田望夫は元々アルファブロガーとしても有名であり、ブログなどでの本書への言及も非常に多いようだ。俺は今まで他人のブログなど(梅田望夫と中原淳以外)全く読んでいなかったのだが、いわゆるブロガーの本書の感想が面白く、他の人のブログも読み始めるようになってしまった。(このクソ忙しいのに!)
特に面白かったのが『分裂勘違い君劇場』というブログの「「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法」というエントリー。「好きなことなんて簡単には見つからない」とか「好きなことを見つけて頑張っていきたい」といった感想は多く見かけたし、実際どちらもよく理解できる(そしてある程度は共感もできる)意見である。一方で上記のブログは、本書の「好きを貫く」ということに対して、「好きを貫いて生きることは幸せなことではない」という極論をぶつけている。極論なのだが、確かに正論でもある。俺の考えや志向と同じというわけでは全然ないのだが、非常に考えさせられた。実際、単に「楽」を目指すなら、立ち止まる方が良いに決まっているし、「けものみち」でサバイブすることが本当に「幸せ」を目指すことに繋がるかどうかは、人によるだろう。それに、たとえプロフェッショナルであっても、「好きなこと」から距離を置いた方がレベルの高い仕事ができるという人もいるかもしれない。
また本書を読んで刺激を受けて、具体的な行動や提言を起こし始めた人もいた。いわゆる本書から「ロールモデル」を得た人たちであろうか。例えば、『My Image Ltd.』というブログでは、『ウェブ時代をゆく』で書いていたウェブ・リテラシーを身につけるための勉強会を企画・開催しようと、「ウェブ・リテラシーを身につける方法ver0.1」というエントリーを書いたところ、多くの反響があり、現在では「0.2」「0.3」「0.4」まで読めるようになっている。
他には慶應義塾大学病院の外科医が書いている『Development of Web-based Guidebook for Endoscopic Surgery』というブログでも、やはり「「ウェブ時代をゆく」から考えたこと」というエントリーが話題を呼んだ。これも本書をロールモデル的に受容した一例になるのかもしれない。ウェブのチカラを活用できたらと考え、手術映像を数分〜数十分のパーツに分けてデータベース化し、世界中の医師がその術式を閲覧・評価できるようにしたら面白いのではないか、という提言をブログを通して行ったところ、大反響。その後「手術教科書のコンセプト」というフォローアップ記事がエントリーされたが、これも具体的で興味深かった。
最後に梅田望夫の経歴を。梅田望夫はシリコンバレーでコンサルティング会社を経営しながら雑誌『フォーサイト』にてグーグルの先進性を早くから述べ続けていた。去年『ウェブ進化論』や『シリコンバレー精神』(読了済の『シリコンバレーは私をどう変えたか』の文庫版)で一気にブレイクした上、平野啓一郎との対談集『ウェブ人間論』や茂木健一郎との対談集『フューチャリスト宣言』を上梓した。さらに俺の使用している「はてなダイアリー」や「はてなアンテナ」を提供する株式会社はてなの社外取締役に就任するなど、個人的には最も注目している人物の1人である。ここ数年は非常に旺盛な執筆・対談活動をしているが、どうやら2008年春からは時間の優先順位をガラッと変えるようである。一体どうなるのだろう。これが今けっこう気になるところではある。ワイドショーに出まくったりしたら面白いのだが!(もちろん冗談である)

『ウェブ時代をゆく』についての追記

ゆるゆると文章に手を入れていたところ、はてなスターがひとつ光っていた。たまには嬉しいなと思ってふと見ると、何と「umedamochio」だった。こんなマイナーなブログのエントリーまで、本当に全て読んでいたんだ。はてなスターは(俺のブログとは無縁な)「優れたエントリー」につけるものとばかりと思っていたが、梅田望夫はそういった使い方をしていない。『ウェブ時代をゆく』に関するエントリー全てにコメントを付けるのは現実的ではないため、はてなスターを使って「俺の本を買ってくれてありがとう」「君のブログ読んだよ」といった意味を込めているのだろう。なかなか洒落た使い方である。(ただしこれまでにもらったはてなスターは、umedamochioのスターを含め、なぜか全て焼失。)

『ウェブ時代をゆく』についての追記2

2008年春から時間の優先順位を変える――と書いていたことについて、「My Life Between Silicon Valley and Japan」の12/28のエントリーで紹介されている中央公論のウェブ記事「梅田望夫、『ウェブ時代をゆく』を語る。」で種明かしがなされていた。どうやら来年春からはサバティカル(ここでは「モノを書くことを控える」という意味)に突入するとのこと。書き終わっている本や現在取り掛かっている本が来年3冊出るらしいが、その後は、この何年かブログや本などで高密度に執筆して出し尽くしたから、充電やインプットの期間に入るらしい。