向山貴彦『童話物語(上)』

「大きなお話の始まり」という副題がついている。「世界は滅びるべきなのか?」という恐るべき問いの答えを得るために妖精フィツは地上へ降りてきた。その問いは、地上で最初に出会った1人の人間を9日間観察することで判断するのだが、最初に出会った人間は非常に粗暴で性格の悪い少女ペチカだった。何しろペチカは、お母さんも死んでしまい、その日の食べ物にもありつけないほど貧乏で、しかも周囲に虐待やイジメを受けているため、ペチカは自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で他の存在を許容する余裕がないのであった――といった感じで物語が始まりを告げる。

なかなか興味を引くプロローグであるが、それ以上に文章が読ませる。門外漢なので詳しくは語れないが、向山貴彦の文章は明晰で描写力に富んでいると俺は思う。作家の中には時に「オマエそれで作家と言えるのか?」というほど文章が下手くそな奴らに出会うこともあるけれど、彼はそんなことはない。

しかも、ファンタジーやSFの「深さ」を決定するとも言えるであろう「世界観」も、非常に綿密に構成されている。設定にオリジナリティがあり、例えば妖精は、一般に「妖精」から想起されるイメージとは異なり、前述のように「世界は滅びるべきなのか?」という問いの答えを判断する者である。つまり妖精は「妖精の日」という世界の破滅を起こす使者であり、妖精を見た者は妖精に殺されてしまうと人々に恐れられているのである。さしずめ「小悪魔」であろうか? また巻末には設定資料集までついて、煩雑にならないように気をつかっている。その点でも抜かりはないと言えるだろう。

ベタ褒めと思われるかもしれないが、決して過大評価ではない。本書は端的に面白い。ドキドキハラハラワクワクする。物語の最も原初的な快楽を的確に与えてくれるという意味では、紛れもない名著だと言えるだろう。必読。下巻が楽しみだ。