インキュベ日記

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菅浩江『永遠の森 博物館惑星』

永遠の森  博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)

永遠の森 博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:菅 浩江
  • 発売日: 2004/03/09
  • メディア: 文庫
『SFが読みたい!』で紹介されていた、地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館「アフロディーテ」で繰り広げられるSF連作集。

ギミックとして最も興味深いのは、ここで働く学芸員たちの多くはデータベース・コンピュータに「直接接続」を行う、という点である。彼らはキーワードをキーボード入力することなく、曖昧なイメージや膨大なデータベースに繋いで連想的に検索したり、ほとんど無意識と言って良い言葉をコンピュータが拾って「要望」に応えたり、考えたことをそのまま記録に残したり、といったことができるのである。これは本作の舞台となる未来の世界でも、この直接接続はやはり素晴らしい能力である。そして主人公は直接接続の能力をフルに使って問題を解決したり、逆に直接接続も万能の能力じゃなくて使い方が重要なんだよ的な物語が展開されたりする。これが物語の前半。比較的シンプルな(と言っては失礼だが、それなりに予測のつく)物語と言って良いだろう。

しかし、このギミックが本当に面白さを発揮するのは物語の後半である。実は、この直接接続には「バージョン」がある。つまり今現在、この直接接続の能力を最大限に活用して学芸員として活躍している(あるいは厄介事を引き受けている)主人公も、近い将来、(今現在そのことに主人公が気づいているか否かによらず)新人類たちに駆逐されて居場所を失ってしまう可能性に晒されている。そして現実に、自分のバージョンでは全く為し得ない、自らの感情の揺れや感情そのものをデータベースに記録できる「情動記録」という新しい可能性を秘めた機能を使いこなせる「新人類」が後輩として登場するのである。そして物語は「技術とアイデンティティ」というデリケートな問題をさらに深掘りしていく。さらには、「美とは何か」「感情とは何か」「感覚とは何か」「感動とは何か」といった深い次元にまで。

ただ、そんなことを考えなくとも、もちろん面白い。丁寧に紡いだ物語は一読の価値がある。

追記(2015/1/25)

2008年の初読時は「一読の価値がある」程度の評価だったが、結局この本は一読どころか10回以上も読み返している。本書の続編が書かれた短編集『五人姉妹』を読んだために、今日も読み返してしまった。

五人姉妹 (ハヤカワ文庫JA)

なぜそれほどに本書を読み返すのか? その問いに対しては凡庸な回答しかできそうにない。読みやすさと品を兼ね備えた(私にとっては)理想に近い文体で、ストーリーや登場人物が魅力的である……と。だから何度読んでも新たな発見があり、感動がある……と。確かにそうなのだが、それだけではないような気もする。「テーマ」と書くとありきたりかもしれないが、要は本書に通底する作者の問題意識と、私のそれが、深いところで繋がったのだと思う。

「情動記録」が実用化されれば、こういう気持ちも解明されるのかもね。