ジャック・ウェルチ+ジョン・A・バーン『ジャック・ウェルチ わが経営(下)』

ウェルチのリーダーシップと変革への熱意と手腕は本当にスゴい。ナンバーワン・ナンバーツー戦略、選択と集中、フラット型、学習する組織、境界のない組織、ワークアウト、シックスシグマ――ウェルチは様々な手法を取り入れ、官僚的な空気を色濃く纏うGEを変革し続けた。それらの手法と強烈なリーダーシップには、何とも形容しがたい凄みがある。

俺が特に面白いと思った「ナンバーワン・ナンバーツー戦略」「選択と集中」とは、ある事業が市場で「ナンバーワンかナンバーツーでなければ、再建か、売却か、さもなければ閉鎖」するというものだ。もう少し具体的に書くと、GEが市場でイニシアティブを取れない事業や将来的な戦略性の乏しい事業・収益性が低く再建も見込めない事業・GEの文化(あるいはGEの目指す文化)に合わない事業は、売却または閉鎖し、得られた金とエネルギーを戦略的に重要な別の事業に投資していくというものだ。そのため売却や買収をウェルチは数多く行い、GEの事業を活性化している。

つまりGEでは常に「自分の職場がGE内にはなくなってしまうかもしれない」というプレッシャーがあるわけだ。実際、家電や重電を主力事業としていたGEは、ウェルチのCEO就任以降、家電は売却され、重電も買収と売却を繰り返してその性質を変えた。今のGEは、製造業をベースとしながらも、「金融と情報の会社」のイメージを非常に強く持つ企業でもある。GEがGEらしくあるためには、変わり続けることが求められる。変化できなければコア事業でさえも切り離してしまう厳しさが、ウェルチのGEにはある。

ただウェルチは、この「厳しさ」を否定的に捉える見方について、別の視点から反論している。どこに書いてあったか忘れたので正確な引用はできないが、文化の合わない事業や収益の低い事業の従業員が、GEのお荷物としてプレッシャーに耐えるよりは、自分たちの仕事に誇りが持てる企業の中で輝いていく方がずっと良い、という視点だ。実際ウェルチはGEの核であったエアコン事業を切り離したわけだが、切り離されたエアコン事業のマネージャーは「今度のボスはエアコンが大好きでエアコンのことばかり考えている。今は前向きな気持ちで誇りを持って仕事に打ち込める」とウェルチの電話に応えたそうだ。

従業員にとって売却は厳しいものだが、実はチャンスでもあるのだ。なぜならGEはその事業を不要だから売り払ったわけだが、買い取った企業はその事業を戦略的に重要だと捉えてくれているのだから。もちろん全てが上手く行くわけじゃないだろうし、日本で上手く行くかも別の話なのだが、これは売却をWIN-WINの関係に持って行けた好例だろう。

人材戦略においては、ウェルチは積極的に人材を流動化させることでGEを活性化させていく。面白いと思ったのが「同じポジション内の評価で下位10%に甘んじた人材は強制的に会社を去らなければならない」という評価システムだ。上に行けば行くほど、今までの評価に勝ち抜いた強敵との争いが待っているが、そのポジションで下位10%に甘んじるような人材なら、それ以上の貢献も出世も望めないだろうから、GEから去らねばならないのである。GEでは、どのポジションにも決して「上がり」は存在せず、そこで必要な変革や挑戦を続けることが常に求められている。これは、いわば「逃げ切ること」を決して許さないシステムなのである。いや、従業員が「逃げ切ること」を発想しない組織に変革した、と書いた方がより適切かもしれないが、呼び方はどうであれ、この評価システムによって人材の可能性や挑戦心はより引き出されることは確かであろう。

そしてこの「厳しい」人事システムにも、ウェルチなりの考え方がある。GEの文化に合わない者が居心地の悪さを感じながら働き続けたり、GEの求める能力に満たない者が高いハードルやリストラに怯えながら働き続けたりするのは、双方にとってハッピーじゃないから、取り返しがつかなくなる前に彼らには新しい道を会社として早期に提案するべきだ、というものである。全くその通りだと思う。厳しさや挑戦が嫌なら別の場所で働けば良いのだ。日本の区役所とか大学の事務員とかピッタリなんじゃないかな!

長くなったので、他の取り組みやウェルチの人間観は別の機会にしたい。それだけウェルチの変革は多岐にわたり、このブログで簡単に列挙できるようなものではない、ということだろう。シックスシグマは(正確にはGEが考案したものではなくてGEが他社から取り入れたものだが)誰が聞いてもスゴいと思うし、個人的にはワークアウトの手法をもっと詳しく知りたいと思っている。

最後に、積極的なM&Aやリストラはアメリカならではの代物で、終身雇用や年功序列は日本の土壌に根ざした日本独自の文化的制度だ、というイメージは拭いがたく存在するけれど、必ずしもそうではないかもしれないということは付言しておきたい。というのも、少し前に読んだ大前研一が指摘しているように、何十年か前はアメリカでも終身雇用はかなり一般的なものだったのだ。実際、ウェルチがCEOになる前のGEは日本の大企業や役所を思わせる非効率な組織だった。実は大前研一の言うように、単にアメリカはビジネス環境の整備された社会で、日本は遅れている、というだけかもしれないのだ。

もちろん俺はそこまで極端に考えてはいない。「日本的な発想は良くも悪くも日本の企業文化に影響を与えている」と考えることは自然な流れだからだ。しかし別世界のヒーローという視点でウェルチを眺めるだけでは得られるものも少ないだろう。近未来のあるべき「ネオ・ジャパン・モデル」の片鱗をウェルチが暗示しているのかもしれないのだ。

必読。