
- 作者: 鈴木貴博
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2005/01/28
- メディア: 単行本
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本書の構成は、大きく分けて、以下のようになるだろうか。
PHSは一時期、その安さと手軽さを武器に(特に学生などの若年層に対して)猛烈な勢いで普及・拡大していった。しかしPHSの「繋がりにくさ」が敬遠され、PHS自体がおもちゃ的な扱いを受け、ケータイに食われてしまった――という歴史的経緯がある。
その「繋がりにくさ」は、ケータイとPHSではデータのやり取りの方式の違いにある。乱暴に整理すると、ケータイの場合、大きな基地局をドカンと立てる方式だが、PHSは小さな基地局を大量に立てる方式である。PHSの方式は、初期投資は安いものの、いかんせん小さな基地局を多く立てるのには時間がかかる。そのため、PHSのカバーエリアのはずなのに、自宅や会社から電話が繋がらない人が多く存在した。また、基地局のカバー範囲が狭いため、基地局から基地局へと移り変わる際に切れてしまうこともあった。そのため「繋がりにくい」という評価を受け、「繋がりやすい」という評価を受けていたケータイへと利用者が流れていったのである。
しかし今PHSは「繋がりやすさ」と「音質の良さ」をウリにしていることを知っている方もいるだろう。それどころか、今は(もちろんエリアにもよるだろうが)ケータイよりもPHSの方が繋がりやすいくらいなのだそうだ。実は、PHS業界自体が縮小均衡を続けている間も、ウィルコムは基地局の増設をひたすら続けていたのである。このことで、「自分の市はカバーされているエリアだと聞いて加入したのに繋がらない!」ということが非常に減ってきているらしい。また技術革新のおかげで基地局の移動時の音声通話の切断も(新幹線のような高速移動を除き)ほとんど無くなってきているそうだ。
そして、実は、この「弱み」とされていたデータ通信方式の違いこそが、ウィルコムの逆転戦略への布石であり、今後のウィルコムの「強み」になる――というのが、本書のメインであり、最も刺激的な箇所でもある。この逆転戦略への布石を評価してカーライル・グループや京セラはDDIポケットの買収に動いたそうだが、本書では、そのウィルコムの逆転戦略を、幾つかの仮説も交えつつ積極的に述べている。
実は、ケータイやPHSといった移動体通信には、「電波帯の枯渇」という問題が避けがたく存在している(ソフトバンクが、携帯電話参入の件で既存携帯電話業者とモメた件を覚えておられる人もいるだろう)。つまりdocomoやauといったケータイ各社は、パケット定額やパケット割引を打ち出しつつも、将来的にはデータ通信の量をいかにして抑えるかに腐心しなければならない。(ケータイ各社は、パケット定額までは踏み込めても、おそらく音声通話の定額までは踏み込めないだろうと著者は述べている。)
しかしウィルコムは(その技術的な説明は本書に譲るが)データのやり取り方式の違いを上手く利用して、効率的にデータをやり取りすることが可能なのである。そのため、今後のさらなる通信速度の向上による爆発的なデータ通信量の増加に対しても、ケータイよりもPHSの方が積極的に対応できる。だからこそ、パケット定額や音声通話の定額を打ち出すことができたのである。(ちなみに本書では、数年後の仮説として「音声通話の定額」が述べられるが、現実は音声通話+メール+WEBの定額プランが発表されており、著者の予見のスピードを超えている。)
第一次PHSブームの際は、その手軽さから、学生を中心としたユーザー層だった。しかし今は、そのユーザー層は明らかに変化している。30−50代のノートPCを使って仕事等にモバイルインターネットを活用するユーザーや、モバイルをウェアラブルに使いこなす情報感度の高いユーザーが中心である。俺も定額制とデータ通信に惹かれてPHSへの乗り換えを真剣に検討しているが、非常に説得的な本であり、PHS→ケータイという流れを再度PHSに呼び戻さんとするウィルコムの逆転戦略(PHS→ケータイ⇒PHS)は、かなりの程度、実現しそうな気がする。話題性そのものもさることながら、仮説の積極性や先見性、論理の説得性という点からも、強く推薦したい。