伊坂幸太郎『魔王』

魔王

魔王

表題作「魔王」と「呼吸」という連続した2つの短編から成る作品。
アメリカの言いなりで外交にも弱く、景気の立ち直りも見えない、閉塞感の漂う日本。しかしムッソリーニを思わせる一人の政治家の登場が、くすぶっていた反米反中感情と相まって、日本を奇妙に右傾化させる。主人公は、ファシズム的な群衆の一体感に危機感を覚えるが、そんな折、主人公は、自分の思い描いた言葉を「腹話術」のごとく相手に喋らせることができる奇妙な能力を獲得する――といったプロローグが「魔王」で、「呼吸」は「魔王」の数年後が舞台となっている。「魔王」の主人公の弟が主役。
ちなみに本書には『死神の精度』の主人公も登場している。作品ごとに少しずつ世界観や登場人物がクロスするような手法は、やり方を失敗すると陳腐だが、俺は個人的にけっこう好きだ。表現者が何かを求めて真剣に作品を世に問い続けるならば、テーマばかりでなく世界観や登場人物が時として連続するだろうし、また繋がって良いではないだろうかと思う。時には繋がるべきだとさえ言えるかもしれない。表現者は過去の作品を捨ててはならない――といったことを『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦も言っていた気がするけれど、同感だ。俺は別に文学に詳しくはないし、批評ぶる気も全然ないが、テーマと世界観や人物造形は切っても切り離せないものだし、世界観や人物造形がテーマを呼び込み文学を深くすることもあるのではないかと俺は思う。