細野不二彦『ギャラリーフェイク』13巻

細野不二彦による傑作美術漫画。主人公の藤田玲司(フジタ)は、かつてはニューヨークのメトロポリタン美術館 (MET) の敏腕キュレーターで、卓越した修復技術や豊富な知識から「プロフェッサー(教授)」と称えられるほどの尊敬を集めていたが、元同僚の陰謀によりメトロポリタンを追われ、帰国。現在は、表向きは贋作やレプリカといったニセモノを専門に扱う「ギャラリーフェイク」という画廊(アート・ギャラリー)の経営者だが、裏ではブラックマーケットに通じ、盗品や美術館の横流し品を法外な値で売る悪徳画商という噂であり、その噂は完全に真実である。しかし一方で、メトロポリタン時代から一貫して美に対する真摯な思いを持ち続け、美の奉仕者としての面も持つ――という設定。Q首長国クウェートがモデルの模様)の王族の娘であるヒロインのサラ・ハリファや「美術界のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる三田村館長など、脇役も非常に魅力的である。
この巻には以下のエピソードが収録されている。

ART.1 カンボジア クエスト(前編)
     カンボジア クエスト(後編)
ART.2 連立不当方程式
ART.3 左官魂
ART.4 聖なる宝石
ART.5 メトロポリタンの一夜
ART.6 化石をめぐる人々
ART.7 修復家の館
ART.8 "アンティーク・オルゴールで子守歌を"

テレビアニメの最終話にもなった「メトロポリタンの一夜」は、かなりの名作であろう。閉館後の美術館はアメリカ上流階級の社交場として機能する。海外の美術館は運営資金の大部分を寄付に頼っており、今も昔も金持ちのパトロンがアートには欠かせない。そこで資産家階級との人脈を作り、引き付けるため、頻繁にパーティー(夜会)を開催するのである。集まった資産家たちは華やかなパーティーを楽しむのはもちろんのこと、時には美術館に寄付をすることで名士としての評判を確固たるものにする、という構図である。
パーティーの開かれた日に、たまたま野暮用で夜のメトロポリタン美術館を訪れたフジタは、久々にメトロポリタンの名画をゆっくり鑑賞することにする。フジタが静かに名画を鑑賞していたところ、(パーティーや高すぎる美術品に嫌気が差して)帰ろうとして迷った一人の実直な資産家と出会う。不夜城たるメトロポリタンでは膨大な人々が働いていることを知ったその資産家は、美術品ではなく、メトロポリタンで働く人々や建物を案内してくれるようフジタに頼む――というアウトラインである。信念を持って働く人々の姿は確かに胸を打つ。最高。
翡翠(フェイツイ)の過去が明らかになる「聖なる宝石」や、ゴッホの筆のタッチを数式で明らかにした男の登場する「連立不当方程式」、表題作「カンボジア クエスト」など、傑作揃いの『ギャラリーフェイク』の中でも面白いエピソードが多い巻ではないだろうか。