秋庭洋『既卒、フリーター、第二新卒の大逆転内定獲得術 それでも就職したいあなたに』

はじめに

このエントリーには、本の感想や書評という側面はほとんどない。本書を読んで(安易に)既卒を選ぼうとする方に「待った」をかけたいという気持ちで書かれたためであり、俺がどのように「既卒」として就職活動をしたのかという極私的体験談と、「既卒」に対する考え方が主に書かれている。

まあ最近は、既卒自体それほど珍しくなくなっているので、だんだん「既卒」を特別視する必要もなくなっていく可能性もある。そうなると、このエントリーに書かれた主張や経験は次第に効力を失っていくことになるだろうが、それならそれで、俺の望んだ社会に近づいているということである。

本の内容

既卒、フリーター、第二新卒に向けた転職に関するノウハウや考え方を書いた本。ブラッシュアップ・ジャパンという第二新卒や既卒を対象にした就職情報サイトを運営している会社の社長が著者である。

俺は別に日本の採用事情に特別に詳しいわけではない。しかし大学院を中退して「既卒」として就職活動をした人間として、既卒の問題に対しては並々ならぬ関心とコンプレックスがある。そういう人間からすれば、本書の内容は物足りないと言わざるを得ない。

既卒を取り巻く状況

既卒についての極めて重要なFactとして、そもそも日本の採用市場には「既卒」マーケットというものが実質的に存在しない。

  • 「新卒」マーケット
  • 「第二新卒」マーケット
  • 「転職」マーケット
  • 「エグゼクティブ」マーケット
  • 「女性」マーケット
  • 「中高年」マーケット
  • 「学生」マーケット
  • 「留学生」マーケット
  • 「非正規社員」マーケット
  • 「派遣社員」マーケット
  • 「業種別」マーケット
  • 「職種別」マーケット

これらは全て日本に存在する。しかし「既卒」マーケットというものだけは実質的に存在しない。

存在しないのだから既卒の就職事情を認識している人も極僅かだ。

もちろん「就職しないまま学校を卒業してフリーターになったり就職活動をしたりしている人が多い」ことは多くの人が知っている。テレビや本や雑誌で時折そのことを紹介していることもある。しかし既卒経験者に言わせれば「既卒という状態が就職活動において一体どのような影響をもたらすか?」ということをきちんと理解している人は、やはり圧倒的に少ないのである。

事例を挙げよう。

新卒時の就職活動に失敗したり、資格試験の勉強に挫折したり、俺のように大学院を中退したりした人間が、既卒として就職活動をしようとする。特別なコネや当てがなければ、とりあえずインターネットで就職情報サイトや転職情報サイトを見るか、新聞の求人欄を見るか、求人雑誌を見るのではないだろうか。あるいは自分の知っている有名な会社の採用情報をチェックするかもしれない。まず、新卒採用の募集要項を読むと「20XX年3月卒業見込み」と書いてある。既卒は当てはまらない。続いて中途採用の募集要項を読むと「○○の経験X年以上」と書いてある。既卒は当てはまらない。また第二新卒採用枠を設けているところでは「長短問わず社会人経験のある者」だとか「社会人経験半年以上X年以内の者。○○の経験は問いません。未経験者大歓迎」なんて書いてある。微妙なところだが、やはり厳密には当てはまらない――そう、大半の会社では、既卒はどの条件にも当てはまらず、応募する枠がないのである。

はっきり言って、これは辛いし、途方に暮れる。しかしこういった状況は、俺が就職活動を始めた数年前と比べて大きく変わっているとは思えない。

本題:既卒になるべきか否か?

いきなり結論…既卒になるべきではない

で、この本である。

本書で著者は「卒業を目前に控えていますが、就職先が決まっていません。留年したほうが有利?」という相談に、以下のアドバイスをしている。

 みなさんはあまりご存じないかもしれませんが、実は世の中には既卒者は応募可能で、新卒者は応募不可という求人案件も多くあるのです。
 社会人未経験という点においては、新卒者も既卒者も同じです。しかし、新卒者は入社時期がどうしても卒業後の4月になってしまいます。求人案件によっては、4月まで待てないというケースも多々あるのです。
 新卒者だから就職に有利だという話は、すべての企業のすべての求人案件に当てはまるわけではありません。そう考えると、新卒者も既卒者も一長一短であり、必ずしもどちらかが有利だとは言えないことがわかります。
 ですから、明確な目的もなく「ただ有利そうだから」という理由だけで留年することには賛成しかねます。
 経済的に余裕がない状態であれば、まずは卒業して就職活動に専念することも、十分妥当な選択肢だと思います。就職活動のためだけに高い授業料を払って大学に残り、社会人としてのスタートを1年遅らせるなんて、どう考えても時間とお金がもったいないではないですか。

要は、著者は「就職のために留年するくらいなら、卒業してから既卒者として仕事を探せば良いじゃないか」と言っているのだが、本当にプロの発言だろうか? 繰り返すが、実質的に既卒マーケットは日本に存在しないのである!

既卒になるべきではない理由

著者は既卒者の気持ちが痛いほどわかっているはずである(と信じたい)。それならば、なぜ卒業しろなどと言えるのか。新卒は嫌で既卒は良いというケースも多々あると言っているが、それは思い込みか綺麗事であって、数字はそんなことちっとも語っちゃいない。今、ブラッシュアップ・ジャパンの就職情報サイト『いい就職.com』で既卒OKの募集を検索したところ、わずか229件(!)しか引っかからない。実質100社〜150社程度しか無いではないか。既卒と第二新卒に注力していると言っておきながら、この程度である。既卒者は日本に何人いると思っているのか。それでよく既卒のメリットを語れると言いたい。留年であろうと既卒であろうと、採用面接においてはマイナスになる。それは避けられない。しかし留年の場合は新卒採用の流れに乗って堂々と勝負できる。一部のエリーティズムに溢れた企業を除けば、募集要項で留年者は駄目だと書いている企業は少ないだろう。面接で挽回すれば良い。しかし既卒の場合は門戸自体が極端に減ってしまうのである。

既卒経験者として確実に言えることがある。就職のために、もっと書けば新卒者の肩書きを得るために、100万やそこらの金を「就職準備機関」である大学に貢いだところで、それが何だって言うんだ。それは汚いことでも恥ずかしいことでもなく、有利な状況を確保して戦う立派な戦略なのである。わざわざ不利な状況に自分を追い込む馬鹿がどこにいる? 留年して、新卒者扱いで普通に就職すれば年間300万程度は稼げるのである。そして今、リクナビ2009では8,232件、マイナビ2009では7173社、[en]学生の就職情報2009では12,759社が新卒者向け求人情報として登録されているのだ。わざわざ既卒になりたい? 就職はランチェスター戦略じゃないんだ! 小さな土俵に自分を押し込めて戦う意味がどこにある? まだ何者でもない社会人未経験者の就職において、選択肢の多さは可能性の多さなのである。はっきり言って本書の主張はお話にならない。

中には、1年も待てないから、数ヶ月なり半年なりの遅れで入社したいと考えている人もいるかもしれない。そして大して苦労せずに本当に納得できる企業から好条件でオファーレターをもらい、すぐ働ける自信のある人もいるかもしれない。しかし、それでも俺は「状況が許すなら、留年したら?」とアドバイスするだろう。その人には「同期」が(おそらく)いなくなるからである。小さな会社や新卒採用を行っていない会社、イレギュラーな会社は別として、通常は4月に新人が入社する。その人達に対して、例えば4ヶ月遅れで入社して「まあ少し遅れたけど、大きく見たら同期だからよろしく!」と言って、4月入社の新入社員と「同期」として心から打ち解けられるとは思えない。もちろん2社目以降は同期の存在など大して気にならないと思うが、不安なことやわからないことも多い社会人スタート時は、悩みを分かち合える同期という存在は非常に大きなものである。そして同期という存在は、新人研修を受けたり将来の野望を語り合ったり会社の愚痴をこぼしたりする中で連帯感を育み、掛け替えのない財産になる。そうなれば、たとえ転職して離れ離れになったとしても、多くの人にとって同期という存在は重要な財産で在り続けるのである。

来年4月まで入社を待たなきゃならない? 待てば良いだろう。入社が1年遅れたところで大して変わりはしない。むしろ次の4月までかけてじっくり会社を選べるし、社会人になってからチャレンジすることが難しい物事にも取り組める。実際のところ、俺はこの時期に長期海外旅行や集中的な英語の勉強をしなかったことを後悔している。社会人になった後では、こうした事柄に取り組むまとまった時間を確保するのは難しいからである。

なお俺の場合は、内定後は(大したことではないが)4月の入社まで「フリーター」として生活してみた。朝・昼・晩と違うバイト(しかも今までやったことのないバイト)を入れて経験の幅を広げた。すると、フリーターと学生は働く時間が違うから、やはり学生バイトで出会える人間とは全く違うことに気づく。俺の場合は、声優、劇団員、ダンサー、キャバ嬢、人妻、手品師、マッサージ師といった、今までに俺が出会ったことのないようなタイプの人と知り合うことができた。

給与面から見ても、右肩上がりの年功序列・終身雇用の時代であれば、勤続年数が給与に大きな意味を持つから、60歳や65歳の「最後の1年」が減ることで、生涯獲得賃金には大きな打撃があった。しかし今はそうではない。「最後の1年」の損失は、最初の1年の立ち回り次第で十分に挽回可能である。

もう1点、これはやや余談めいた話になるが、倒産など「一度失敗した人間」の社会復帰が難しい日本社会において、フリーター経験を持った最前線のビジネスパーソンというのは、積極的に吹聴して回るほどのメリットではないにしても、意外に貴重な存在かもしれない。まあ「貴重」という表現は言い過ぎかもしれないが、俺は現在、HRが専門領域の経営コンサルタントであり、フリーター経験のある経営コンサルタントが「ちょっと珍しい」くらいは言えるだろう。

これが真の本題か? それでも既卒にならざるを得ない人へ……

話を戻そう。

もちろん経済的な理由から卒業してしまった人や、卒論が不要で必要単位を取ってしまったから残れない人、資格取得のための勉強をしていた人、俺のような中退者など、否応なく既卒にならざるを得ない人もいるだろう。そのような人に対する個人的な経験からのアドバイスとしては、(もちろん全員に当てはまるわけではないだろうが)ブラッシュアップ・ジャパンのような「既卒枠」などを頼りにせず、また中途採用や第二新卒枠なども使わず、ハローワークに通うこともせず、あくまでも「新卒枠」にこだわって受けてみてはどうか、ということである。

理由は4点ある。

  1. マナー教育や基礎的なITスキルといった社会人としての素養を「新入社員研修」の場で(つまり会社の金で)身につけるため
  2. 社会人スタート時の同期を社内で得るため
  3. 受けられる会社の数やバリエーションを増やすため
  4. 社会人経験者との勝負を避けるため

どれも重要な理由であり、また全てこれまでの文章で書いてきた。

俺の既卒としての就活体験

はじめに

さて、ここからは新卒枠で就職活動を行った俺の実際の経験を書かせていただきたい。

俺は就職活動を始めたのが3月上旬で、就職活動を終えたのが6月上旬。約3ヶ月で3社の内定をもらった。情報集めは2月から始めていたが、意外に短期間で楽に結果が出たという印象を持った方もいるだろう。既卒にしては恵まれていたのかもしれない。しかし内定については、俺が新卒で入社した企業から6月頭に内定もらったあと、続けて2社からもオファーをもらった形になるので、就職活動を始めてからの3〜4ヶ月間は、文字通り「夜も眠れない」不安に苛まれながら就活をしていた。

余談めいた話になるが、俺は1浪している上、大学院を約1年通って辞め、翌年の4月入社の新卒に混じって就活したのだから、何とストレートの大卒に比べると3年遅れというハンデを抱えている。ストレートの院卒よりも年上の学部卒なのである。相当な努力をしなければ内定などゲットできない。

新卒枠で活動を始めるまで

そもそも俺は最初から大学院に行こうと考えており、3回生や4回生の時分には就職など頭の片隅にもなかった。もちろん大学主催の就活セミナーに参加したこともなく、いざ中退しようとしたとき、何をすれば就職できるのか本当にわからなかった。大学の就職課みたいなところに行って「就職するにはどうすれば良いですか? 本当に基礎の基礎から全然わからないんです」「まずは自己分析をしてエントリーシートを……」「エントリーシートって何ですか?」という間抜けなやりとりを繰り広げたレベルだったのである。リクナビという言葉は知っていたが、リクナビが何をしてくれるのか(リクナビで何ができるのか)も知らなかった。

その後、エントリーシートの意味や使い方はわかった。しかし、かの有名なリクナビはあくまでも新卒者対象で、卒業年度ごとにサイトが違うから、既卒であることを書く欄などどこにもないし、既卒者が新卒者に混じって就職活動をすることなど全く想定されていないのである。マイナビなど、他の新卒者向け就職情報サイトも同様だった。

しかし当時の俺が中途採用の人たちと勝負するのはどう考えても無謀だと思ったし、ブラッシュアップ・ジャパンの就職サイトの既卒枠やハローワークは、どうも魅力的な求人が少なかった。だから、俺は既卒だからと言って気にせず、新卒枠で受けることにした。もちろん受けている間はかなり悩んだし、色々な試行錯誤をしたのだが、結果として「新卒枠で受ける」という判断は正解だったと思っている。

具体的な就職活動 Step1

まず俺は、「既卒でも応募可能な会社(さすがにマッキンゼーやボスコンは外した)」と「既卒が応募可能とは書いていないが、それなりに関心のある会社」を徹底的に探し出し、ピックアップした。前者が10社程度、後者が最終的には300〜400社だったと思う。以前どこかで「あまり大きいと組織全体を見通せなくなるし、あまり小さいと組織として機能せず、組織のダイナミズムが味わえないから、早く会社の仕組みを知るには100人〜300人程度の会社が良い」と聞き、得心したことがあった。だからそれくらいの規模の会社を中心に、かなり幅広くピックアップしたことを覚えている。

一方、誰もが知っていて就職人気ランキングの上位にランクインされる、いわゆる大企業はほとんどピックアップしなかった。大企業の歯車にはなりたくないという幼稚なプライドもあったと思う。もちろん、中退という経歴のハンデを抱えては、綺麗な履歴書を重視する伝統的な大企業には入れないだろうという諦めの気持ちも……。

ただ、俺はスムーズに社会に出た奴らを実力でも給料でもゴボウ抜きしたかったから、「何でもやります」という会社よりは、事業内容でも技術でもソリューションでもビジネスモデルでも顧客業界でも商品でも何でも良いので、何かに特化していると思える会社に入ろうと決めていた(今にして思えば、実力を早くつける=専門特化という考え方には論理の飛躍が多少あるし、戦略として正しいかどうかも疑問だという立場なのだが、それはまた別の話)。

また俺は、経理や総務・広報のようなバックオフィスにはあまり興味がなかったし、自分が営業になるのかSEになるのか企画になるのかが全く想像のつかない企業よりは、ある程度職種も含めて入社後の姿がイメージしやすい企業を中心にピックアップした。

具体的な就職活動 Step2

次に、前者の10社は就職活動のスケジュールを調整しながらエントリー。そして後者の300〜400社には、企業のHPを熟読した後、電話やメールで「かくかくしかじかで既卒なのだが、ぜひとも新卒枠で応募させていただきたいが、可能だろうか。もちろん採用時にある程度のマイナスになることは覚悟しているが、貴社の○○という点に共感したし、△△という問題意識を持って就職活動をしている。ぜひ貴社の新卒枠での選考を受けるチャンスを欲しい」と連絡した。とにかく片っ端から、早朝から深夜まで、企業情報の収集と人事担当への連絡を続けた(ただし電話の時間は注意!)。

連絡の際の文面は、マルチポストと思われたら熱意が伝わらないが、ゼロから文面を作っていたら時間が足りないので、汎用性があって熱意の伝わる定型文を最初に数日間かけて作り込んだ上で、会社の事業内容やビジネスモデルや採用方針に合わせて少しずつカスタマイズして送っていった。

ポイントとしては、募集要項で「既卒NG」と読み取れる場合でも、絶対に躊躇せず連絡すること。決まり文句として「募集要項:200X年3月卒業見込み」と書いているだけで、既卒の存在や扱いなど深く考えていない会社は、経験上かなり存在するし、もし断られたり無視されたりしても、縁がなかっただけで、こちらにデメリットはない。

それに対する対応は……正直に言って千差万別である。とにかく決まりだから駄目という会社。何らかの理由を挙げて断る会社。メールを送ったものの完全に無視された会社。電話して「折り返します」と言われてそのままの会社。とりあえずエントリーシートや履歴書を送ってくれと言われたが書類選考でアッサリ落とされた会社。あまりに電話での対応が失礼なのでこちらから断った会社。正直かなり落ち込むのだが「こんな会社に無理して入社したところで結局は後悔するだけだ」と自らを奮い立たせて就職活動を続けた。

もちろん中には「4月まで待って他の新卒と同じ時期に入社して良いなら、ぜひ応募してください」という会社もあるので、その場合は喜んで(ただし時期を調整しながら)リクナビやマイナビでエントリーさせてもらう。調整してエントリー時期が遅れた場合は「先日ご連絡させていただいた後、貴社や業界の情報をじっくりと集め、志望動機を固めていましたので、少し遅れました」くらいは添えていたと思う。同様に「卒業見込み以外は中途採用枠になりますが、ぜひ受けてください」と言われた場合も、先方の指示に従って応募する(ただし俺の場合、中途採用はほとんど上手く行かなかった)。

なお、最終的には結局300〜400社に連絡して、100社までは行かなかったものの70〜80社くらいは応募OKの返事をもらったように思う。募集要項で「既卒OK」の会社を含め、だいたい100社くらいを「応募してみようと思える会社で、かつ応募できる会社」としてプールしたわけである。しかし当然ながら、最初に「OK」と言われてもエントリーシートで落とされるような場合もあるから安心はできない。それにスケジュールと資金を勘案しながら予定を入れていたので、全部の企業にエントリーできたわけでもない。半分くらいは東京の企業を受けに遠征していたので、金が尽きた時点で(幸運にも内定をもらっていたこともあり)就活を終了せざるを得なかったためである。

具体的な就職活動 Step3

話を戻すと、そのあとは、とにかく筆記試験や面接など、時間がある限り参加しまくった。ここでは毎週の筆記試験や面接の数をキープすることを最も重視したのだが、ひとつ工夫したことは、会社説明会の類をできるだけパスしたことだろうか。正しいアプローチだったかどうかは今でも正直よくわからないのだが、会社のビジネスや財務情報は(まともなHPのある場合)HPで大体のことはわかるのだから、表面的なセミナーに参加しても時間や金がもったいないと俺は思ったのである。特に俺は(関西在住なのに)東京の会社を半分近くは受けていたので、面接や筆記試験のない単なるセミナーは、金や時間がもったいなかった。それにセミナーで教えてもらうよりも、HPの情報を熟読してから面接時に質問した方が、本気度が伝わるような気もしていた。

もちろん筆記試験や面接の合間は、常にメールや電話で企業に連絡しまくり、受けられる企業を増やした。決して面接が得意ではないという自覚があったし、エントリーした企業の何割かは書類選考や筆記試験で落とされるので、10社や20社エントリーできる状態だからって安心できない。それにHPを熟読してから企業に連絡していたので、1日に30件も40件も連絡できるわけではない。俺の場合は、前述の通り、応募の可否のお願い文はプロトタイプを最初に用意していたが、それでも1日中やって10社くらいしか連絡できなかったと思う。

断られても気にならないか? そんなことはない。良さそうな会社であればあるほど、やはり断られると辛いし、そのことを考えると連絡に躊躇もする。でも、いざ手駒がなくなったとき就活できなくなるのは避けたかった。そして何より俺は既卒だからと言ってヘーコラヘーコラ就活をしたくなかった。謙虚な姿勢は忘れないが、会社だって俺を選ぶのだから、俺だって対等な立場で会社をきちんと選んでやる、この電話やメールは「お互いの」マッチングプロセスの第一歩だ、と言い聞かせていた。いや、それくらい覚悟を決めて就活をしないと、既卒だというだけで選考すらしてもらえない仕打ちは辛すぎた。ここはもう、意地である。

具体的な就職活動 Step4

最後は面接である(ペーパーテストの類は割愛)。新卒時の就活経験がないので比べられないが、あまり面接が得意でないという自覚があったので、まずは「今まで何をやってきたか」「今、何ができるか」「今後、何がしたいか」「なぜ、この会社に入りたいか」を会社の事業内容やビジネスモデルや採用方針と絡めて語れるように準備した。

具体的には、全ての面接で想定問答集を作った。これは社会人でのプレゼンの際も必須の準備だし、かなり良いアイデアだったと思う。それに最初は何を聞かれるかもよくわからないが、何度も面接を経験するうち、(既卒や中退に関するやり取りを含めて)大体パターンは掴めてくるので、効率よく作れるようになる。

次に、「最後に何かご質問はありますか?」というお決まりの問いに対しても、全ての面接で事前に質問集を作った。俺は毎回の面接時に必ず3つ作っていたが、3つ全て使うかどうかは、時間と先方の様子を見ながら決めていた。

なお、これは私見だが、自己分析やエントリーシートや面接については、方法論にこだわるよりは準備をきちんとすることの方が重要である。「きちんと」というのは(やや繰り返しになるが)時間をかけて、丁寧に、愚直に、必要事項を事前に揃えておくこと。ぼんやりと頭の中で考えるだけでなく、メモ帳でも手書きでも良いので話す事柄を実際に文章に落としておくこと。そして事前に口に出してシミュレーション(喋る練習)をしておくこと。これらはビジネスにおけるプレゼンと同様である。

さて、面接のときに中退や既卒の理由を聞かれるか? 当然ほぼ必ず聞かれる。聞かれれば中退の理由を語った。中退の理由も、多少の脚色はつけたし、想定問答集でどう説明するかも決めておくのだが、基本的には正直に語った。その結果、納得してくれる企業もあったし、納得してくれない企業もあった。納得してくれたのにアッサリ落ちた企業もあったし、納得してくれなかったものの「なぜそれで中退することになるのか、どうしても中退の理由が納得できないが、真面目そうだし、社会人としての能力もありそうなので、次の面接でもう1回中退の理由について議論する」と、次の選考に進めてくれた企業もあった。俺としては既に決めたことなので、議論されても困ると言えば困るのだが、俺という人材の価値を本気で見極めようとしてくれる姿勢は、やはり有り難かった。

ちなみに俺が新卒で入った企業は「大卒であることは必要ですが、優秀かつ誠実で、4月1日にきちんと来てくれるのであれば、大学院中退のことは特に気にしません」というスタンスだった。ただし今思えば、この会社は別に既卒に対する理解があったわけではなく、いわゆる「履歴書が綺麗ではない」けれど能力と意欲のある人間を戦略的に集めていたように思う(少なくとも俺が入社した年度においては)。同期は俺を含めて6人で、詳細は省くが、俺を含めた3人(つまり半分)は単なる浪人や留年以上のマイナスの特徴を持った経歴だった。漫画やドラマでは時々あるが、現実にも、こういう奴らを戦略的に集める会社は存在するらしい。

さて、これまでの内容を振り返ってもらえればわかるように、エントリーシートを受け付けてくれる会社を一定数きちんと確保すれば、あとはストレートの新卒でも留年でも既卒でも、面接の内容はそんなに変わらないと思う。もちろん「そんなに」というのは程度問題で、「中退の理由や既卒の理由を毎回の面接で相手によって文言を変えながら説得的に語る」のは、留年の理由よりも骨が折れるだろうし、ストレスも溜まる。しかし結局のところ、既卒の就職活動の難しさは「新卒枠でも中途枠でも受けられない」ことから、就職活動をする気力が萎えてしまうことだと俺は思う。だから受けられる会社さえ確保できれば、あとは先ほど書いた「事前準備」に加え、「勇気」と「気合い」と「根性」の3種の神器で乗り切るしかないのだと思う。ここまで来て3種の神器かよと思う方もいるだろうが、一流大学の新卒でさえそう簡単に行かない人も多いのだから、ある程度の苦難は織り込み済で考えるべきである。

就職活動を改めて振り返って

さて、俺の就職活動はあくまでもひとつの事例である。もちろんブラッシュアップ・ジャパンの既卒枠を使ったり、ハローワークを使ったり、という方法もある。しかし、どうも俺はブラッシュアップ・ジャパンの既卒枠やハローワークの案件が「小さくまとまっている」気がして好きになれなかった。

こう書くと語弊があるかもしれないが、ハローワークの情報を見ると、大卒の新卒求人は日本においては依然として「ブランド」なのだなと思ったし、条件面でも優遇されているのだと感じた。とはいえ既卒だって一流企業や世界を相手にビジネスがしたいし、何億・何十億といった金を扱いたいし、使い捨てではなく俺に投資をしてくれる会社を選びたいし、(MBAに行かせてくれとは言わないので)せめて恥をかかない程度のマナー研修くらいは会社の金で受けさせてほしい、そう思っていた。しかし、2008年現在の事情はよく知らないが、俺が受けた頃は、どうも既卒枠やハロワの求人は条件がイマイチに思えたのである(もちろん良い求人もあるだろうから、あくまでも傾向として、ということである)。

最後に 〜ブラッシュアップ・ジャパンについての極私的な思い出〜

最後に、このブラッシュアップ・ジャパンという会社について書きたい。俺が大学院を中退し、既卒者として就職活動を始めたとき、前述のように、このブラッシュアップ・ジャパンという会社はもう既卒と第二新卒に照準を絞った就職情報サイトを始めていた。既卒はどこからどう就職するための会社を見つけたら良いのかサッパリわからずに困っていたので、ブラッシュアップ・ジャパンの就職情報サイトに出会ったとき、本当に嬉しかった。既卒に対する求人情報を載せていたからである(実際には前述の通り既卒OKの案件は非常に少なく、魅力的とも思えなかったので、新卒用のリクナビやマイナビを使って就職活動をした)。

俺は当時、自分の立場と照らし合わせて「一度レールを外れた人間がなかなか戻れない日本のシステムはおかしい」と考えていたので、既卒の就職活動を支援するという発想を持っている(と思われた)ブラッシュアップ・ジャパンという会社に憧れ、この会社で働きたいと考えた。しかしブラッシュアップ・ジャパンの運営する就職情報サイトに載せていた募集要項を見て驚いた。当時ブラッシュアップ・ジャパンという会社は「新卒」と「第二新卒」を採用し、「既卒」は募集していなかったのである。いや、実際には採用していたのかもしれないが、少なくとも既卒OKのアイコンをつけていなかったのはよく覚えているし、募集要項を読む限り、既卒OKとは読み取れなかった。

まさに片腹痛いとしか言いようがない。自分の会社が既卒を採用せず、どうやって既卒マーケットを創り出せるというのか。

そして2008年現在、久しぶりにブラッシュアップ・ジャパンのHPや就職情報サイトを見たところ、自社で既卒の採用は始めたようだが、やはり十分な既卒マーケットは創り出せていないと感じるし、本気度も感じられない。もちろんブラッシュアップ・ジャパンが「既卒」という枠にスポットライトを当てたこと自体の意義は決して小さくないけれども、社会にインパクトを与えるまでには至っておらず、まだまだ相当なジャンプが必要だ、というのが俺の認識である。

そもそも就職情報サイトに既卒枠を設けたブラッシュアップ・ジャパンのHPでさえ、トップページには「御社の採用条件に合った第二新卒・新卒者をご紹介します」とある。本書で既卒を云々するのであれば、コーポレートメッセージは「御社の採用条件に合った既卒・フリーター・第二新卒・新卒者をご紹介します」であるべきだろう。だから冒頭で既卒マーケットは“実質的に”存在しないと書いたのだが、まあ現実はこの程度で、既卒が既卒ならではのメリットを活かして就職活動をするのは2008年現在でも非常に厳しいと感じる。やはり既卒になるよりは留年して新卒枠で受けた方が良さそうだし、仮に既卒になってしまった人も、(俺のように)新卒枠に無理やりカラダをねじ込んで選考を受けた方が、よっぽど可能性が広がるというものである。

蛇足ながら、既卒として就活している人へのメッセージ

……いやー、本の感想サイトのはずが、脱線しまくった! どうしても「既卒」の話題だとヒートアップするのは避けられない。エントリーも異様に長くなってしまった。脱線ついでに、(さっき最後と書いておきながら)既卒の状態で苦しみながら就職活動をしている人への応援メッセージとして、もう1点だけ書きたい。既卒だろうが何だろうが、1回就職してしまえば新卒と条件はほとんど同じである。中退だからと言って何かが不利に働くこともない。俺が大学院を中退したことなど、俺が話さなければ知る人はいないし、雑談として何度も話したのに覚えていない人も多い。要は、他人にとっては俺が中退かどうかなんて、どうでも良いんだね。俺もそうだもの。中途採用者の前職はともかく、他人の細かい学歴なんて、なかなか覚えていられない。

良くも悪くもビジネスはフェアだと思う。

日々のパフォーマンスと積み上げた結果や信頼が評価される世界。

それに苦労して選んだ会社がイマイチでも、落胆する必要はないと思う。もちろんジョブホッパーを推奨するつもりはないが、もはや終身雇用ではないのだから、必要であれば別の会社に移れば良い。

俺の場合、残念ながら自分が選んだ最初の会社は、仕事自体は面白かったものの、裏切りや陰口が跋扈する微妙な人間関係の会社で、ハードワークと相まってメンタルで休職する人が10%近くもいて、年間の離職率に至っては30%以上という会社だった。仕事の本分とはズレたところで日々ストレスが溜まり、けっこう辛かったのを覚えている。まあどれだけ注意深くチェックしても、100人程度の会社だとネットの評判もほとんどないし、100%の確率では見切れないものである。

しかし「専門特化した会社で早いうちから自分の裁量で仕事をして成長スピードを加速させる」という目的は達せられたし、他人を陥れる人間が社内にいたおかげで、社内政治は無視して、会社のためでなくクライアントのために全力で働くという考え方や行動(client first)が自然に身についた(自分の失敗や無能を俺のせいにしてトンズラこく先輩のおかげで、何度クライアント先で窮地に立たされたことか!)。おかげで、浪人+中退でストレート四大卒の人間と比べると社会に出るのは3年遅れたが、その3年分の遅れは取り戻したどころか、もうストレート四大卒の人間が味わった修羅場の3倍は味わったと思う。短期間で相当な質と量の修羅場をくぐりまくり、何とか乗り越えてきた経験が認められ、今は未経験ながらコンサルティング会社に転職して、前職よりもさらに面白い仕事をさせてもらっている。

もちろん上記の体験談は自慢ではないし、成功談でもない(そんなはずがない!)。今の会社でも別の修羅場は次々に起こるし、人は辞めまくるし、まだまだ社会人としてはヘッポコレベルで、満足してはいない。けれども、中退したときの精神的な落ち込みも含め、修羅場をくぐった経験が俺を支えてくれている。既卒から抜け出しても、決してハッピーな未来が待っているとは限らないが、少なくとも修羅場をくぐった経験は自分の糧になっているという自負があるし、他の人にも同じことが言えると信じている。

ある本で、中島義道はこう書いた。

私は、目指すべきは成功や幸せではなく、豊かな人生だと思います。たくさんの失敗や苦しみは、濃密な人生の重要な要素になるんですよ。

今まさに「未来」が見えずに足掻いている既卒の同志諸君、俺だって偉そうなことが言えるレベルではない。しかし既卒経験も、めぐりめぐって自らの人生を濃密にしているのである。