辻太一朗『「履修履歴」面接 導入、質問、評価のすべて』

「履修履歴」面接―導入、質問、評価のすべて

「履修履歴」面接―導入、質問、評価のすべて

はじめに

わたしは尖った組織・人事系の本は極力買うようにしているのだが、面接に関する本では、これまでは以下の2冊がお気に入りだった。
incubator.hatenablog.com
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1冊目の『コンピテンシー面接マニュアル』は、日本におけるコンピテンシーの第一人者である川上真史が、元々あまり正確な理解をされていなかったコンピテンシーに対する誤解を解くとともに、それを面接という具体的なシーンに落とし込んで活用方法を示した良書である。近年は「過去の行動事実を掘り下げる」というコンピテンシー面接も一般化しており、(元々は異端じみた本であったが)今では「王道」に位置づけられるだろう。

2冊目の『逆面接 質問するから騙される』は今でも異端の香り漂う本である。しかし、わたしは「使える」と思う。というか使ってきた。上記のリンクからぜひ当時の文章を読んでいただきたい。お気に入りのエントリーである。

さて、上記2冊はどちらも同様の問題意識がある。特に新卒採用において、面接やエントリーシートに関するテクニックが飛び交った結果、嘘や脚色にまみれた自己アピールが飛び交い、さながら採用側と学生の化かし合いの様相を呈していることである。わたしも頻繁に採用面接をしていた時期があるが、とにかく「大学サークルの副部長」の多いこと多いこと! おそらく大学サークルの数よりも、大学サークルの副部長の方が多いであろう。部長以外は全員副部長とかなんだろうね。そんな状況を前にして、コンピテンシー面接は(考えではなく)過去の行動事実を、嘘や脚色が通用しないほど徹底的に掘り下げ、学生の行動特性や考え方を探っていく。一方、逆面接はそもそも質問せず、学生側に質問をさせることで、嘘や脚色にまみれた自己アピールを防止しているのである。

本題①

ここから本題に入るが、本書・著者も、前項で挙げたような採用側と学生の化かし合いに問題意識を持っており、嘘や脚色にまみれた自己アピールを排除したいと考えている。それで大学の成績表である履修履歴を活用した、履修履歴面接の活用を訴えているのである。「履修履歴面接」という言葉を聞くと、成績の良い学生ばかりを採用しようという流れになって学業外の活動アピールができないのではないかとか、別に大学の成績が良くても仕事ができるとは限らないとか、そういった反論が聞こえてきそうである。しかしそもそも履修履歴面接とは成績の良い人間を優先的に採用しようというものではない。もしそうなら、面接など不要ではないか。履修履歴を見れば成績は載っているからである。

では履修履歴面接は何を見ようとしているのか?

その問いに直接的に答える前にもう少し整理するが、この面接手法が優れていると思うのは、学生の自己アピール(多くは学業外の活動)と補完関係にある点である。学生の自己アピールは、代表的なものはアルバイト、サークル、ボランティア、インターン、留学などが挙げられるが、これらのほとんどは学生自身がやりたくてやったことだ。つまり高モチベーション時におけるパフォーマンスを整理したものである。一方、学生にとって学校の授業は別にやりたくてやっているわけではない。少なくとも毎日喜んで大学の授業に出ている学生はほとんどいないだろう。多くは「やらざるを得ないこと」だからやっている。しかし「やらざるを得ないこと」に対する学生のスタンスは様々だ。やらざるを得ないことだから毎日真面目に授業に出て勉強する学生もいれば、友達や先輩を上手く使って要領よく単位を取得してサークルやアルバイトに励む学生もいる。興味がないから授業に出ず、単位を落としまくる学生もいるだろう。逆に「やらざるを得ないこと」から面白さを見出して前向きに勉強する学生もいるに違いない。

まとめよう。履修履歴面接は、低モチベーション時における彼らの行動特性をより明らかにすることができる。それは「やりたい仕事」だけではなく「やらなければならない仕事」が数多くあり、必ずしも全員が希望する職種や部門に配属されないことを考えると、確認しておくべきメリットが高い。さらには「履修履歴」というエビデンスを巧く活用することで、学生はほとんど嘘や脚色を入れることができなくなる。その詳細は本書に譲るが、相当に優れたアプローチだと思った。よく考え抜かれており、本書をよく読み込めばどんな企業でも活用できるだろう。履修履歴面接が普及すれば、学生は少なくとも学業側面においては、小手先のテクニックではなく、重要だと思う授業やアピールしたい授業を真面目に受けるとか、面白い授業をきちんと探して中身を語れるようになるしか対応方法が無くなるだろうと感じた。だから著者は「5分」と言っていたが、わたしとしては下らない自己アピールを聞く時間を減らして「20分」ぐらいかけてじっくりと取り組みたいと感じた。

本題②

本書のラスト近くでは、履修履歴面接のアプローチや使い方からやや離れて、著者の新卒採用そのものに対する考え方が載っている。大学生が勉強をしないことに対しては色々な意見がある。採用時期が悪いから学生が勉強に集中できないから。大学教育が実践的でないから。あるいは大学の教員がきちんと指導しないから。大学が勉強しない学生に単位をあげてしまうから……それらは100%間違っているわけではないだろう。しかし著者は「大学で勉強しようがしまいが、就職には大して関係ない」という状況こそがそもそもの原因だと述べる。わたしはその意見に賛成する。前段で述べたように、学生にとって授業は「やらなければならないこと」である。とりあえず単位だけ取って何とかなるのであれば、大体の人間はそうするだろう。わたしもそうしてきた。しかし採用企業が「どんな勉強をしてきたのか」を真面目にチェックするようになれば、それだけで学生は勉強するようになるのだ。