幾花にいろ『あんじゅう』1巻

あんじゅう 1 (楽園コミックス)

あんじゅう 1 (楽園コミックス)

幾花にいろの一般向けコミックス。

この手の「一般向け」という表現はわからない人は何のことかサッパリだろうが、これは「エロ漫画を描いてきた人が18禁ではなく全年齢対象向けの作品を描いた」という意味である。

わたしは当然のようにエロ漫画も嗜んでおりますので(おい)、幾花にいろの『幾日』というエロ作品も読んだのだが、わたしは非常に秀逸という印象を持った。美大・芸大出身的なデッサンが非常に取れている絵でありながら主張のある絵だ。「作家性」というのだろうか、そう、作家性のある絵で、これはエロ漫画で収まる器ではないなと思った記憶がある。

なお、補足すると「エロ漫画で収まる器ではない」というのは上とか下とかという話ではないことを強く申し添えておく。エロ漫画というのは一部のレアジャンルを除いて目的が結局のところ「エロ」「抜き」に帰結する。これを界隈では(どこの界隈かは置いといて)「実用性」と呼ぶが、この手の作家性のある絵柄を持っているということは、そういう「エロ」「抜き」ありきの作品だけを描くのでは満足できないのではないかと思ったということだ。

好対照として、例えば、エロ漫画界の(わたしの理解での)トップランナーに師走の翁という作家がいる。もうこの人は「エロ」「抜き」「実用性」ということをトコトン考え抜いていると思う。と言ってもSNSなどを見たわけではない。この人は、とにかく「エロ」「実用性」といったところにとことんこだわっているということを作品やあとがきからわたしが勝手に感じ取ったということだ。少し前の作品だったと思うが、あとがきか何かで「登場する女性全員の女性器の形を変えた」ということをキャラ設定と合わせて解説されているのを読み、心底驚いた記憶がある。そりゃ当然キャラの描き分けはどんな漫画にも共通するが、例えば足の親指と人差し指の長さ、足裏の土踏まずの盛り上がり方、外反母趾や内反小趾の有無や程度、足指の爪の形、爪半月の形や長さ、切り揃えられた爪の形状などをキャラの内面まで掘り下げて全員意識して設定を作り、描き分ける漫画家などいるだろうか? いわゆる足フェチと呼ばれる漫画家でもわたしは皆無だと思う。せいぜい足の太さやライン・足全体に占める膝の位置ぐらいだろう。もちろんエロ作品において女性器は重要なファクターではあるが、そもそもモザイクかかっているわけですよ。靴下に覆われている足の指と同じだ。他のエロ漫画家はせいぜい、いかにモザイクがある中でリアルに女性器を見せるかとか、モザイクもう少し薄く小さくして良いかなとか、モザイクがかかる直接的なアングルでもエロを追求できないかとかせいぜいその程度だろう。それを師走の翁は「モザイクがかかっているから」とパターン化することなく、とことんまで作り込む。その他にも師走の翁の作品は、ストーリー、表情描写、体型描写、行為描写、ギャグ、もう全て「エロ」「実用性」を起点に作られている。まさにエロの職人である。

先ほどの話は、一言でまとめると幾花にいろの作家性はおそらくそういうところ(ジャンル漫画の追求)にはないと思った、ということである。

閑話休題。本作は20代と思われる2人の女性が同居してあーだのこーだのと言いながら暮らしていく様を眺めるというか、そういう話である。相変わらず絵は巧いし、女性は綺麗だったり可愛かったりだし、どこの方言かわからないが言葉遣いにも萌えがあるし、読んでいて素直に面白かった。2巻も当然買うし読むだろう。しかし何だろう、何となく釈然としないのは、この手の設定が何となくテンプレ化している気がするからである。エロを描いてきた漫画家が一般で活動する際の漫画ジャンルの2大ジャンルは「全年齢対象なのにエロい」というエロのギリギリを攻めるパターンか、エロと相性の良いギャグを合体させたエロギャグであろう。典型例がラッキースケベ漫画である。何となく女性の室内での暮らしぶりを眺める的な漫画は、この2大ジャンルほどではないがけっこうよく見かける気がする。まずアキリ『ストレッチ』が思い浮かんだが、他にも真面目に思い出せば2〜3の作品は思い出せそうだ。

どうなんだろう、作家本人が心から楽しんで描いているなら何の文句もないんだけど、編集部主導で手癖で描いてたとしたら、少し可哀想かなと思った。まあこの辺は思い過ごしというか邪推かもね。

うーん、読み返すと何か否定的なニュアンスも感じられたが、まず本作そのものは面白いと思ったのは繰り返し書いておく。既に『机ノ上神話』という一般作品を発売済だったし、他の一般作品も3月には1巻が出るらしいので、これから注目しようと思う。