永山薫『増補 エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』

エロマンガの通史とその内容を解説してくれた本。理解し切れていない箇所があるかもしれないが、わたしなりの理解で内容を簡単に説明しておこう。

まずもって理解せねばならないのは、エロマンガというのは社会・世界から隔絶された特殊なものではないという点である。エロマンガとは何かと問われると、わたしとしては「性や性的な行為・モノなどを扱った漫画」もしくはより狭く「性や性的な行為・モノなどを中心に据えた漫画」といった程度のフラットな定義をしておくが、その意味では、エロな漫画はいわゆるアンダーグラウンドなエロマンガ以外にも溢れていたし、今も溢れている。例えば手塚治虫がしばしば性的なモチーフを採用していたことは周知の事実であり、本書でも詳しく語られているし、永井豪の少年誌におけるセクシャルな表現も周知の事実で、改めて述べるほどのことでもあるまい。いわゆる少年漫画誌においても、ほとんどエロ(ラッキースケベという用語を聞いたこともあるだろう)しか出てこないような漫画も存在する。そしてエロマンガは、何も純粋培養されたセックスだけが徹頭徹尾描かれているわけではない。純愛モノ・ラブコメ・SF・ホラー・パロディ・アクション・社会派・ギャグ等々、非エロマンガとして扱われているジャンルは間違いなくエロマンガでも扱われているし、絵柄についても同様だ(児童漫画風・少年漫画風・少女漫画風・青年漫画風・劇画・萌え絵・イラスト風等々)。エロ・非エロを問わず、ジャンルやテーマ・絵柄は漫画家たちの間で影響を及ぼし合い、受け継がれている。これを著者は「ミーム」と呼んでいるが、言い得て妙だ。そして人材面でもエロマンガと一般漫画の境目は必ずしも厳格ではない。昔も今も、エロマンガの執筆を経て一般漫画誌で活躍している人は多い。

上記を踏まえて、本書では主に1970年代から続くエロマンガの通史が描かれる。例えば、わたしにとってはそもそも三流劇画という言葉自体が初耳で新鮮だったのだが、この三流劇画という言葉は単なるジャンルではなく、ムーブメントである。「ニューウェーブ (漫画) - Wikipedia」にも詳しく書かれているのだが、このムーブメントは漫画雑誌界隈を明確に「一流」「二流」「三流」と区別している。一流がメジャー漫画雑誌、二流がマイナー漫画雑誌、そして三流がエロマンガ雑誌である。しかし一流は保守的である上、二流・三流で力をつけた作家をつまみ食いして、業界全体を駄目にしている。この流れを変えるには、三流劇画の立場で一流のものを産み出さねばならない、というのがムーブメントの主たる動機である。と言っても目に見える形のムーブメントは程なく衰退していくわけだが、その後も三流劇画で培われた「ミーム」は受け継がれていく。また、大塚英志による活動、ロリコン漫画のブームと衰退、90年代の有害図書騒動、松文館事件、萌え絵といった潮流も詳しく解説されている。

なお現在のエロマンガ業界は、エロマンガそのものへの厳しい表現規制の歴史に加え、出版業界そのものの構造的な不況が重なり、基本的には「冬の時代」にある。エロマンガそのものも特定の潮流は無いが、ジャンル自体が細分化されて生き残っており、これらの7つのサブジャンル(ロリコン漫画・巨乳漫画・妹系と近親相姦・陵辱と調教・愛をめぐる物語・SMと性的マイノリティ・ジェンダーの混乱)も本書では解説されている。

最後に、本書自体は非常に興味深く読んだのだが、冷静に考えて、今の「エロマンガ」をめぐる状況はこの通史だけでは語り切れないようにも思う。

例えば現在、一般紙において成年指定と同様以上に過激なエロが描かれている状況をどう考えるべきかという問題。そして「成年マーク」をどう考えるべきかという問題。わたしがこのブログでもよく「凄い」と言っている『パラレルパラダイス』は週刊ヤングマガジン、『性食鬼』は月刊ヤングチャンピオン烈、『つぐもも』は月刊アクションである。どれも書店で簡単に入手できる上、ヤンマガはコンビニで簡単に立ち読み・購入が可能だ。それから、『To LOVEる -とらぶる-』や『終末のハーレム』が載っているのは少年誌である週刊少年ジャンプである。もっと言うと、ロリコンの大人が子供時代にタイムスリップしてラッキースケベに遭遇する『無邪気の楽園』は、ペドファイルの妄想をそのまま漫画にしたような作品だが、ヤングアニマル嵐で連載されたもので、当然18禁指定はされていない。もっと言うと、BLをめぐる問題は更に無秩序で、たまにびっくりするような表紙が本屋に置いていたりネットで表示されたりする。ゾーニングを本当に云々するなら、過激なBLは確実にゾーニングすべきなのだが、なぜか同性愛であるBLは明らかに対応が遅れている。

誤解してほしくないのは、わたしはエロの成人指定には基本的に反対だし、表現規制には更に大反対である。2時間ドラマサスペンスが平気でテレビ放送されている中で、なぜエロだけが少年少女に悪影響を与えると言えるのかが全く非論理的で、はっきり言って単なる馬鹿の言動だと思う。しかし事実として、過去、『To LOVEる -とらぶる-』や『週末のハーレム』よりも遥かに過激度の低かった『電影少女』が有害図書指定されたのに、今では裸も乳首もペッティングもフツーに少年誌で描かれている。極めて政治的で利権的な動きがあるとしか思えないし、そういうのは腹が立つよねというのが率直なわたしの感想だ。