中山元 編訳『発言――米同時多発テロと23人の思想家たち』

海外の思想家や作家の米同時多発テロに対する発言を集めた本。「この事件がたんにアメリカとイスラム諸国の問題ではなく、ぼくたちのだれもが考え抜くべき思想的な問題であることが、はっきりとみえてくるような文章を集めるようにしている」そうだ。

異文化間の対話には何も期待しないと冷たく言い放ち、テロを経てもなおアメリカ主導のグローバリズム(いわゆるアメリカ・スタンダード)の推進を無自覚に肯定するような文章や、イスラム諸国やイスラム文明への偏見に満ちた差別的な文章など、中には呆れた文章も存在する。しかしほとんどの論考は優れた分析や胸を打つ文章であり、これらの文章を読むことは中山元の言うように「絶好の思考のレッスンになる」と俺は思う。

この中の文章の多くにはそれぞれ見るべきところがあり感銘を受けたのだが、俺は特に、インドの作家アルンダティ・ロイの文章が面白いと思った。ロイは、ブッシュはビンラディンの「ドッペルゲンガー」なのだと喝破する。少し引用しよう。

しかしオサマ・ビンラディンとはそもそも誰なのだろうか。あるいはこう言い換えてみよう。オサマ・ビンラディンとはなにか。彼はアメリカの外聞をはばかる家庭の秘密なのである。アメリカの大統領の暗いドッペルゲンガー(分身)なのだ。すべての美と文明の裏面の野蛮な分身なのである。

砲艦外交、核兵器、「全領域支配」と野卑な言葉で表現された政策、アメリカ以外の国民の生命の冷淡な無関心、野蛮な軍事介入、専制的で独裁的な体制の支援、貧しい国々の経済をイナゴのように食い荒らす冷酷な経済政策など、アメリカのあらゆる外交政策のためにやせ衰えた世界の肋骨から生まれた秘密の分身、それがビンラディンなのである。

ロイはアメリカの「家庭の秘密」を暴いてみせた。アメリカは、アメリカとビンラディンとを「正義」と「悪」とにクッキリ色分けしようと躍起になっているが、実は、ビンラディンはアメリカ大統領の暗い分身なのだ。両者は同じ陣営に属しているのである。「家庭の秘密」が暴かれた以上、アメリカの言う「無限の正義」がどこまでも空々しく聞こえてしまうのを、俺は今まで以上に強く感じずにはいられない。ロイの言うように、そもそもブッシュ大統領の「味方でない者は敵だ」という最後通牒はとても不遜で傲慢な言葉である。「アメリカの味方と敵のどちらにつくか」など、俺は選択したくもないし、このような理不尽な選択の妥当性そのものを、まずは厳しく問うべきであろう。

なお本書は『新しい戦争? 9.11テロ事件と思想』の著者による翻訳だ。内容が重なっているので、この本を参照しつつ本書を読むことを勧める。また違った面白さがあるだろう。どちらの本も必読。

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