村上春樹『意味がなければスイングはない』

意味がなければスイングはない

意味がなければスイングはない

村上春樹は、一時期ジャズバーを経営していたこともあるなど、「音楽」に対する相当なこだわりや思いを持っている。しかし村上春樹が音楽について語ったり論じたりした本は思いのほか少ない。主だったところでは『ポートレイト・イン・ジャズ』が思い浮かぶが、あれは一人のミュージシャンについて数ページという短い文章しか載せられておらず、実質的には本書が初めて「音楽」について徹底的に語り尽くした本だと言えるだろう。
本書で主題的に取り上げられたミュージシャンは、シダー・ウォルトンブライアン・ウィルソンシューベルトスタン・ゲッツブルース・スプリングスティーンゼルキンルービンシュタインウィントン・マルサリススガシカオフランシス・プーランク、ウディー・ガスリー。ジャズに限らず、ロックから日本のポップミュージックまで、幅広くチョイスされている。個人的には、誰もが“名前だけは知っている”音楽家シューベルトの項、村上春樹が偏愛するスタン・ゲッツの項、現代を代表するジャズミュージシャンであるウィントン・マルサリスの項、それから村上春樹が珍しく日本のポップミュージックについて語ったスガシカオの項あたりが特に面白かった。
俺はジャズに明るい訳ではないが、スタン・ゲッツのアルバムは(もちろん村上春樹の影響で)俺も何枚か持っているし、何度も聴いた。形容しがたい美しい旋律の裏には、こんなエピソードが宿命的にまとわりついていたのか――と思うと、また聴き方も変わるような気もするし、より愛着を持って聴けるような気もする。
ちなみに本書の書名は、デューク・エリントンの名演『スイングがなければ意味はない』から来ているらしい。音楽にこだわりを持つ村上春樹らしい書名。まあ何にせよ、こだわりを持って何かを深く偏愛した人の熱意に触れるのは、どうにも面白いものです。