前島太一『日本一メルセデス・ベンツを売る男 ザ・トップセールス吉田満の販売術』

全国のベンツのセールスマンの中で、吉田満という人は(ヤナセの社員ではないのに)10年連続で日本一ベンツを売ってきたらしい(本人が辞退したため10年で記録は途切れた)。本書を読むと、まあ確かに売れるだろうなと思う。この人は凄いよ。ただ同時に、本書は世の中のセールスマンの大半にとって役に立たない本だなとも思う。
その理由は、著者が吉田満という人間の凄さをちっとも分析していない点である。
吉田満というセールスマンは、かなりの部分を「無意識」で乗り切っている。だから吉田満の凄さをセールス本として展開させるには、この「無意識」の行動をもっともっと掘り下げて聞き出し、その行動の妥当性や行動の背後にある動機を分析する必要がある。その結果、やっぱりこれは「資質」だから凡人にはどうにもならないという結論に落ち着く可能性もあるし、吉田満の個人特性や環境特性を取り除いた末に浮かび上がる真の販売ノウハウが抽出できる可能性もある。それは分析してみるまでわからない。ただ本書では、そもそも分析がほとんどなされていないのである。
幼少時の体験、父親がベンツフリークだという事実、フルコミッション型セールスマンとの出会いによる顧客中心思考の学習、そして「生意気な」性格に外見――結局、本書を読んでも、吉田満が短期間にトップセールスに上り詰めることができた理由は「環境」と「資質」なのだとしか読み取れない。表面だけを真似ても上手く行かないのは、ほとんど100%の社会人が諦めと共に経験済みなのを、著者も知らないわけではあるまい。吉田満という人物像を体よくまとめてはいるが、ただそれだけの、実にもったいない本である。