田坂広志『なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか』

なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか 人間の出会いが生み出す「最高のアート」

なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか 人間の出会いが生み出す「最高のアート」

読んでみろと先輩に渡された本。田坂広志は現在、藤沢久美などと一緒にソフィアバンクというシンクタンクを立ち上げ、独特の存在感を発揮している。気になっている存在ではあったが、東洋思想のようなスピリチュアルのような人生訓のような哲学書のような、とにかく独特のイメージの著書なので、ちゃんと読んでみるのは初めてである。
しかし、面白い。
言葉遣いは独特だが、確かに頷ける部分もハッとさせられる部分も多い。
例えば「反面教師」という言葉について。
残念な考えや行動をしている人を見て「あの人物の姿を反面教師として、学ぼう。自分は、あの人物とは違う。決して、あのような姿は示さない」と思うことはよくある。しかし著者は、そのとき密やかなエゴに自分が支配され、他人を無意識に裁いてしまっているのだと喝破する。そして著者は指摘する。反面教師という言葉は「あの人物の姿を反面教師として、学ぼう。あの姿は、自分の中にも、ある。そのことを、あの人は、教えてくれたのだ」というように使うべきだと。
深い。
もうひとつだけ、心を揺さぶった箇所を引用したい。

ある日、若手社員が、やる気を出して、何かを提案してくる。
それを、どこか冷めて見る。シニカルに見る。
そして、その提案の問題点を、一つひとつ、理詰めで指摘していく。
若手社員は、反論できない。反論しても、論破される。
そして、この社員の中で燃え上がろうとしていた火は、消されていく。
あたかも、燃え上がりそうな火を消すとき、濡れた毛布を掛けるように。
それは、見事な「ウェット・ブランケット」。


このマネジャー、頭は悪くない。
むしろ、周りからも頭の良さは、認められる。
けれども、気がついていない。
自分心の奥深くに、何があるか。


「深い劣等感」


それがあることに、気がついていない。
特に、このマネジャーが、高学歴の場合は、なおさら気がつかない。
周りからは、「優秀」と言われ続けてきた。
特に「学歴社会」では、若い時代から、その評価を得てきた。
自分でも、表面意識は、「自分は優秀だ」と思い込んでいる。
だから、自分の心の奥深くに、気がつかない。
そこに、「深い劣等感」があることに、気がつかない。


では、なぜ、そのことが分かるのか。
なぜ、このマネジャーの心の奥底に、「深い劣等感」があることがわかるのか。
それは、このマネジャーの素朴な行動から、分かる。


「人を誉められない」


このマネジャーは、あまり、人を誉めない。
人を誉めることが、苦手。
なぜなら、人を誉めると、自分の心の奥深くの「劣等感」が刺激されるから。
だから、人を誉めたくない。
しかし、このマネジャーの表面意識は、そのことに気がついていない。
表面意識は、「自分は優秀だから、自分が誉めるに値する人間はいない」と思っている。
しかし、本当はそうではない。


このマネジャーの「無意識」の世界は、思っている。
「自分は優秀ではない」と思っている。


それが、深い「コンプレックス」になっている。


この逆説。
心の世界の、恐ろしい逆説。

改行と読点を抜くだけで本のページは3分の1になりそうな文体だが、文字通り、かなり「深い」ことが書かれていると俺は思った。自分が本当は優秀ではないという深い劣等感が、人の素朴な行動に表れる。これを認めるのは辛い。辛いが、マネジメントの深みは、ここからしか始まらないのかもしれない。