黒木亮『巨大投資銀行(下)』

上巻は、桂木栄一だけでなく竜神宗一と藤崎誠治のエピソードもかなり多かったのだが、下巻の途中からだんだん桂木栄一のエピソードが大半を占めるようになる。

桂木栄一は、一時は成果を上げられずに解雇スレスレの窮地に陥ったり、妻のことも考えて東京オフィスに転任したり、必ずしも順風満帆のキャリアを歩んできたわけではない。しかし持ち前の誠実で粘り強い仕事ぶりのおかげか、長いスパンで見ると、じわりじわりと出世していく。そして自分や家族が死ぬまで暮らしていけるだけの金を稼いだこともあり、今後の更なる自分の可能性に賭け、給料が大幅に下がるのを覚悟で邦銀に移籍することにする。相変わらずストックビジネス中心の日本の金融マーケットに、フロービジネスを育てるという使命を全うするためである。その後、みずほ銀行をモデルとした銀行合併のゴタゴタに巻き込まれて辞任した後、りずむ銀行(モデルはりそな銀行)の頭取に就任するところで話が終わる。実にダイナミックなストーリーである。

一方、長年ソロモン・ブラザーズの屋台骨を支えてきた竜神宗一にも転機が訪れる。ラスト近くでソロモンを辞めることになるのである。自分が山一證券から転職したときのヒーローもいなくなり、ソロモンが裁定取引部門も縮小・廃止することになり、ついに会社を出て行くのである。こういったガンマンのようなトレーダーから、数学や科学の修士や博士を取得した「ロケットサイエンティスト」と呼ばれる人種がトレーダーの中心になるようなマクロの潮流を、確か本書では、ひとつの時代の終わりと表現していた。

また藤崎誠治は、バブル崩壊後の損失先送りのデリバティブばかりを売ることに嫌気が差し、長い間、小さくともヘッジファンドをスイスで立ち上げることを計画している。そして物語のラスト近くで、ついに資金を貯め、夢を現実にする。ぶっきらぼうな喋り方だが、軽やかさを湛えつつ自分の信念に向かって歩む姿は、実に良い。

けっこう分厚いので読むのが遅れたが、実に面白い本であった。オススメ。