- 作者: 東浩紀
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2014/07/24
- メディア: 単行本
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弱い紐帯の強み / The strength of weak ties
社会学者のグラノヴェッターが提唱した「弱い紐帯(ちゅうたい)の強み / The strength of weak ties」という考え方がある。
これは親兄弟や親友といった強い繋がりを持った関係ではなく、たまたまパーティーで知り合ったとか知人の知人であるとかいった弱い繋がりの関係から、意外に多く満足度の高いキャリアの転機が生み出されているという調査結果から生まれたものである。あまり強い関係だと、お互いが既に同じような情報や価値観を保持し合っているし、転職などについてもお互いの想像の範囲内でしか新たなキャリアは紹介され得ない。しかし弱い関係では、異なるバックグラウンドからの思いもよらない情報が寄せられる可能性があり、それが結果的にハマり、当人のキャリアを豊かにしていくことがある、ということである。要は、似た者同士で固まってたら世界が広がらんよ、ということであろう。
Facebook、Google、Amazonと「弱い紐帯の強み」
著者は、Facebookを初めとした流行りのSNSは、強い関係をより強固にする(より今の環境に縛られる)性質を持つと説く。SNSを出会い系っぽく使う人もいるが、通常は言うまでもなく友人知人と仲良くするためのものである。情報についても同様で、同じ傾向の情報ばかり接していても世界は広がらない。強い情報だけでなく弱い情報にも接して行くことが、自分自身の可能性の幅を広げて行くことに繋がる。
SNSと同じく近年の主要なネット技術である「検索」はどうか。例えば我々は、Googleのおかげで自分が知らないことを様々に検索できるようになり、世界が広がった。しかし一方で、実は「自分が知っている単語」や「自分が見聞きして興味のある単語」しか検索ワードになり得ないことにも着目すべきであろう。社会学に触れたことのない方が「ドラマトゥルギー」という検索ワードで検索をすることは一生ないかもしれない。エロ漫画を読んだことのない方が「アヘ顔ダブルピース」や「NTR」という検索ワードで検索しようと思うことは少ないだろう。バクラヴァ、ブラウォイの同意理論、ヒートショックプロテイン、IDEO(アイディオ)、既卒……全て同様である。
Amazon
しかも検索技術は近年とても進化しており、よりパーソナルにチューンナップされる傾向にある。個人の行動履歴を解析して、その傾向に沿って検索結果を返してくれる。Googleは言うまでもないが、Amazonのレコメンデーションも同様と言って良い。ネット上には「膨大な」という言葉では表現し切れないほど大量の情報があるのに、検索技術が発達すればするほど、驚きのある情報に巡り会える可能性はさらに減っていく。
検索技術との付き合い方
しかしだからといって今更ネットを手放す決断も利口とは思えない中で、どうやって検索技術を上手く使って世界を広げて行くか。それには、それまでの自分が検索しようとは思いもしなかった検索ワードを手に入れるしかない。
そのために著者は旅を薦める。
人は環境に左右され、流される生き物である。そして環境を変革することは難しい。だから自分を変えようと思えば、置かれた環境そのものを変える(別の環境に移る)ことがイチバン確実だというのが著者の考え方である。東大に行きたければ、東大合格者の多い高校に行く。金持ちになりたければ、多くの金持ちと知り合う。これまでの自分が想像もしなかった検索ワードを手に入れたければ、旅に出てこれまでの自分が想像もしなかった刺激を自分に与える。
とはいえ、学生ならともかく、良い年をした社会人が仕事や家族を捨ててバックパッキングや世界一周旅行をするのは現実的に難しい。だから著者は「観光」を薦める。観光なんて表層をなぞるようなものだと嫌う人もいるが、表層でも、そこから何かを掴んで、これまでの自分が想像もしなかった検索ワードを手に入れる。そのことで自分の可能性の幅が広がるのだと。
長くなったがまとめよう。
本書のキーワードは「検索」と「観光」である。
検索と観光の往還運動。これまでの自分が想像もしなかった「弱いつながり」の検索ワードを、観光により一時的に環境を変えて手に入れること。それが自分自身を豊かにする方法なのだ……そう著者は説いている。
私は東浩紀に対しては既に、正直あまり期待していなかった。しかし本書を読んで、痛烈なパンチを食らったような気になった。観光を心の底では見下し、しかしバックパッキングや世界一周旅行をすることもなく、インドア派を気取って自分の興味のまま本や漫画やDVDに触れる生活。そこで気になった言葉を検索する生活。それは自分の世界を深めてはくれる。しかし広げてはくれないのである。そのことを私は謙虚に認めねばなるまい。
本書は現時点で、東浩紀の最高傑作であろう。
「書を捨てよ、スマホを持って旅に出よう」
余談
東浩紀が東日本大震災の後から活動しているフクシマの観光地化についても、けっこう詳しく載っている。興味のある方はそちらも是非。