横山信弘『横山信弘の5枚のシートで営業目標を絶対達成』

予材管理や超・行動といった手法に基づく「絶対達成」というアプローチで近年ブレイクした営業コンサルタントによるムック本。日経ビジネスオンラインの連載記事と丸かぶりなので、サイトを読んだ方は無理に買う必要はないかもしれない。ただし、やはり1冊にまとまっていると参照しやすいし、著者が紹介していたツールが綴じ込まれているので、本気で絶対達成アプローチを理解したいなら、買う価値はある。

詳細の手法は本書や日経ビジネスオンラインの連載記事に譲るとして、この「絶対達成」のエッセンスを私なりにごく簡単にまとめると、「目標から逆算して行動計画を作り、その後は部下につべこべ言わせずに、とにかく徹底してやらせる」というものだ。知識でも才能でも努力でもなく、まずはやるべきことを粛々と、そして圧倒的な行動量でやりたまえ、という考え方。これは決して、100件訪問して運良く見込み客に3件出会えて1件受注できるなら、1000件訪問して10件受注して目標を達成せよ……という確率論の営業を推奨している訳ではない。

リストを作成して、週に1回の訪問を半年間続けると決めたら、「物理的に当社の商品を置くことができない(当社商品は最小1メートルの幅がないと設置できないが、この会社では50センチまでの商品しか置けない)」といった明確な情報を手に入れるまでは何があっても徹底的に訪問する。しかし嫌がられても仕方がないので、嫌がられない程度に、30秒や1分といった物凄く短い時間での「単純接触」を徹底的に増やし、当社および自分のことを認知してもらう。30秒や1分の訪問を何度もしてどうするのかと感じる方もいるかもしれないが、著者の考え方をきちんと聞くと、説得的であると私は思った。

私の経験も踏まえて話をするが、そもそも「話を聞くモード」や「検討するモード」に入っていない見込み顧客に売り込みを行うのは無駄である。無駄なのに、売り込んでいる営業マンが多すぎる。で、売り込みはダメだというので、次にコーチングだの聞く営業だのという話が出てくるが、これも問題の根っこは実は同じなのである。買う気がないのにしつこくヒアリングをされたり気づきを促されたりするのは、非常に疲れる……。いずれにせよ、訪問のネタがなくなり、営業マンはだんだん行かなくなる(行けなくなる)ことになる。しかし行かなくなる(行けなくなる)と、いざ見込み顧客のモードが変わった時に、自分が「顔見知りの営業マン」として認知されなくなる。

まずやらねばならないのは、関心を持ったり検討しようと思ったりした時に見込み顧客が必ず実施するであろう(本気の)情報収集の段階で、必ず自分が呼ばれる状態を作ることだという、シンプルな話である。しかし、これを徹底させようとすると、営業マンは辛い。辛いから言い訳をしてやらない方向に持っていこうとする。それを、本書に載っているようなツールや手法を駆使して営業実態を見える化して営業マンの言い訳を封じ、徹底的にやらせていくのである。個人的には、辛いけれど、この辛い状態を乗り越えた営業マンは結局ハッピーになるのだと思う。営業の型を手に入れ、ボーナスを手に入れ、社内での信用を手に入れ、そして雇用の自律性を手に入れることが出来るからである。

なお、世の中に類例のない完全に差別化された新ソリューションを売る場合や、担当クライアントを1つ・2つしか持っていない「アカウント営業」と呼ばれる営業マンについては、少々応用が必要であろう。しかしそれでも、単純接触を増やすというエッセンスなど、参考になる考え方はあると思われる。

余談

著者は「絶対達成」というアプローチをさらに発展させ、「ターンオーバー戦略」なるものを日経ビジネスオンラインで公開するつもりらしい。ただし、まだ公開されていないので、その予告編が書かれた記事を引用しておく(日経ビジネスオンラインは無料会員登録が必要)。

 例えば商品ライフサイクルが成熟期に入りつつある業界、ここにはまさにターンオーバー(ひっくり返し)戦略が当てはまる。こうした業界のプレーヤーは今まで追い風に吹かれ、さほど営業をせずとも、お客様から支持されてきた。したがって、売り上げはあるものの、総じて営業力が弱い。
 そこに営業力が強い新興企業、あるいは異業種の企業が参入してきたらどうなるか。オセロゲームで一気にコマをひっくり返すように、既存の企業は駆逐されていく。
 ターンオーバー戦略は、いわゆる「ブルーオーシャン戦略」の逆の発想と言っていい。競争が厳しいレッドオーシャンにあえて飛び込んでいくからだ。
 「シェアが固まっている我々の業界にわざわざ攻めてくる企業など、おらんでしょう」と思ったら大間違いだ。成熟した業界の慣習に慣れきって、あぐらをかき、たいして営業努力をせずに現状を維持している企業ほどこう考える。
 しっかりした営業力さえあれば、こうした業界の地図を塗り替えられる。顧客も市場を活性化する新たなプレーヤーを歓迎するだろう。
 企業戦略として、新しい商品を創造し、競争がまだない世界を切り開く道があることは承知している。だが、この戦略を成功させるためのハードルは極めて高い。
 営業強化も簡単ではないが、ヒットする新商品を創ることに比べれば、努力しだいで誰でもやれる。実際、私どものメソッドで多くの企業が「絶対達成」の習慣を身に付けつつある。
 「絶対達成」が習慣になった企業がこの先、これまで以上の成果を求めるのは当然だ。私はこれらの企業に「ターンオーバー戦略」を訴えていく。絶対達成が習慣化した企業が、新たな市場に切り込み、ターンオーバー戦略を実行、市場を活性化させていく。

「差別化できない商材をあえて扱い、営業力だけで競合他社をひっくり返していく」という、世の中にごまんとある「普通の会社」が待ち望んでいた戦略であり、戦術である。どのようなアプローチなのか、そして本当にコモディティ商品を扱う企業にとっての福音となるのか、なかなか楽しみである。