インキュベ日記

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金子兜太『美しい日本の季語』

美しい日本の季語―365日で味わう

美しい日本の季語―365日で味わう

前振り

昔、山口仲美『犬は「びよ」と鳴いていた 日本語は擬音語・擬態語が面白い』という本を読んで以来、よく言われる「オノマトペ(擬音語・擬態語)の多い文章は稚拙だ」という説に疑問を持つようになった。

もちろん、中高生やオバサンの井戸端会議をそのまま文章に落としたようなオノマトペや、いかにも少年漫画の背景についていそうな安易なオノマトペが、文章の稚拙さを招くことは疑いない。これらは思考停止の産物だからである。しかしオノマトペの豊富さは他言語ではなかなか見られない日本語の特質であり、上手く使えば、逆に読み手・聞き手のイメージを豊かにしたり、書き手・話し手とのイメージの共有化を実現することができる。例えば、私は花びらが落ちる様を表現した「ひらひら」や、川の水が静かに流れる様を表現した「さらさら」は、とても美しい言葉だと思う。雨が静かにやわらかく降る様を表現した「しとしと」も美しい言葉だと思う。
……と、ここまでは前振りである。

本題

ここからが本題なのだが、私は数年前に「風花(かざはな)」や「薄氷(うすらい)」という言葉を知った。風花とは、冬の晴天時に寒風に混じって突然ちらちらと雪が舞い降りることを指す。また薄氷とは、春先になって寒さが戻り、既に氷の溶けた水辺に再び張った薄い氷のことを指す。私はこれらの言葉を知ることで、オノマトペではないある種の名詞にも、極めて日本的な、美しい言葉があると思うようになった。そして私の世界認識が言葉によって拡張された気がしたのである。
改めて考えると、日本語は、風花や薄氷といったマイナーな言葉だけでなく、ごく日常的に用いられる言葉の中にも、自然現象・天候現象・季節現象を表現した美しい語彙が多いという印象を持った。「陽炎」や「木枯らし」や「夕立」は、ごく普通に用いられる言葉だが、改めて玩味すると、とても美しい響きと見た目(漢字)を持つ。
では、なぜこれらの言葉が美しいのか? あるいは美しさを感じるのか? ひとつには、日本という土地柄の豊かな四季と自然が挙げられるだろう。断言はできないが、日本だからこそ、そうした繊細かつ多彩な自然現象・天候現象・季節現象を観察できるのかもしれない。これは日本に生まれた幸せに感謝するしかない。そしてもうひとつ、そうした豊かな四季と自然に着目した先人が編み出した、世界最短の定型詩・俳句の存在が挙げられるのではないか。わずか17音で物事を表現するために、語彙そのものに季節ごとの繊細な自然現象を表現する微妙なニュアンスが織り込まれている。
……と、ここまで来て、そうした言葉をもっと知るには、俳句の季語を集めた本を手に取ると良いんじゃないかと思い、本書を手に取った次第。でも本書はあくまでも「季語」だから、秋刀魚(さんま)や土筆(つくし)といった旬のある食材なんかもけっこう入っている。これなんかは、私はあまりピンと来ないんだよな。食材は、年中スーパーで買えるからかも。
なお先ほど挙げた「風花」「薄氷」「陽炎」「木枯らし」「夕立」は当然本書にも載っており、解説や俳句が載っている。俳句は以下に引用したい。

  • 風花の大きく白く一つ来る
  • 薄氷をふんで光の折れる音
  • かげろふと字にかくやうにかげろへる
  • 木枯らしや目刺にのこる海の色
  • 夕立の音ばかりして通りけり