須古勝志『HRプロファイリング 本当の適正を見極める「人事の科学」』

コンピテンシーに関する15年来のわたしの疑問に、かなり肉薄した本――そう書くと、プロである著者に対して失礼かもしれない。しかし事実として、少なくともこれまでに多くの本やネットの解説を読んできたが、聞きかじっただけのテキトーなコンピテンシー論が多く、わたし以上にコンピテンシーをまともに語れる人間がほとんどいないんじゃないかとしか思えないから仕方がない。その中で本書は(わたしと考え方の違うところはあれど)凄くすっきり・しっくり来る記載が多い。

まず、そもそもコンピテンシー(competency)はコンピタンス(competence)から派生した言葉であり、わたしに言わせれば、突き詰めれば「能力」である。もっと言えば「成果を上げるために必要な要素」なので、能力に限らないのだが、わかりやすくまとめると、まあ能力とまとめて良いと思う。知識や経験といったものも若干違和感があるかもしれないが能力と言って差し支えないだろう。しかし、ここからもう誤解されている。コンピテンシーとは「行動傾向(行動の癖)」だと勘違いしている人が多いのである。コンピテンシーをわかりやすくまとめた結果が行動傾向(行動の癖)であるというのはありえない誤解だ。あくまでコンピテンシーとは能力である。そうでなければ、コンピテンシーレベルが高ければ成果を創出できるというロジックそのものが通らない。行動の癖が強いと成果が出るのか? んなわきゃーない。

ここで注意すべきは、コンピテンシーはアメリカで生まれた概念だということだ。「能力」といったふわっとしたものをどう測定・評価するかと考えた際に、目に見える形で、すなわち行動レベルで発揮されていなければ測定・評価できない。潜在的にこいつは能力がある・ないなどと評価していては訴訟社会のアメリカでは非常にリスキーだ。だから行動レベルで観測できるか否かで能力を評価しようとしているだけである。だから能力がなくても行動の癖が強ければコンピテンシーレベルが高いといった誤解は論理的にありえないことがわかる。

次に、コンピテンシーモデルのことをコンピテンシーだと誤解している人が多い。元々コンピテンシーという概念がアメリカの学者によって練り上げられていく過程で、アメリカの軍隊や国防省で大規模な調査をして、優秀な人に共通的に発揮されている能力要素を行動レベルで具体的に記述してモデル化したものが、コンピテンシーモデルだ。つまりコンピテンシーとコンピテンシーモデルは全く別物なのである。

補足すると、組織や職種によって創出すべき成果は異なるのだから、成果を上げるために必要な能力というものも異なってくる。リーダーシップだのマネジメントだのコミュニケーション力だの、本によく載っている、よくある10分類だの8分類のコンピテンシー分類を使っても構わない。しかしテンプレを使ったところでテンプレ以上の効果はない。コミュニケーション力が高い人は優秀だよね!というのと、A型は几帳面な人が多いよね!というのに大した違いはない。その会社で本当に成果を出しているものは何であるかを特定しなければならない。特定した結果、「社内での声のデカさ(正確には社内で自分の意見を押し通す能力)」や「知識量(正確には成果を上げるために必要な知識の質や量)」とか「経験(正確には長期間その仕事を経験することで得られた微細なパターン認識)」が成果を産み出すために必要な要素であることは実際ある。能力と成果創出の間には、格好の良い「リーダーシップ」「マネジメント」「コミュニケーション力」といったワードでは語れない世界があるとわたしは思う。

加えて、コンピテンシーが行動特性に着目しているから、行動が変わればその人が優秀になって、成果も上がるという言い方もよく見かけた。これは実は「その通り」と言える側面もある。例えば、セルフスターターでない営業社員に対して、とにかく1日100本アポ取り電話をさせれば(行動を強要すれば)、嫌になって辞める・病める人が出てくる一方、一定数は慣れてしまって乗り越える場合がある。ただ、何故その行動が必要であるかを理解・納得・実感することなしに本人の動機と違うことをやらせても、マイナスがゼロになるだけで、優秀になるのかといった疑問もある。行動の必要性を理解・納得・実感できなければ応用もできないだろうと思われるからだ。

本書は、上記で書いたようなコンピテンシーにまつわる誤解や嘘・イマイチな運用の問題点を丸っと引き受けた上で、対応策として、「ヒューマンコア」という本人の資質めいたものに着目することを提言しており、これが非常に興味深い。というのも、著者の言うヒューマンコアは、コンピテンシー=行動傾向という浅い理解をしている人にはほとんど着目されていないからだ。なぜ一般的には注目されていないか? 変わらないものに着目しても仕方ないから、というこれまた浅い理解に基づく理由である。

ここで少し解説が必要なのだが、HRの界隈では、能力構成要素のうち、行動は海面上にあって容易に観察可能だが、スキル・知識・モチベーション・資質……となるにつれて海の底にあって観察しづらいという「能力の氷山モデル」と呼ばれるものがよく比喩的に語られる。

著者は、よくあるこの能力の氷山モデルに手を入れ、「行動創出の氷山モデル」として定義している。著者の行動創出の氷山モデルは、人の行動を突き動かす根源的な土台・原動力はヒューマンコアであり、ヒューマンコアが「やるぞ!」と意思決定できるものに対して、セットアップされた意識・意欲・心構え・価値観などのマインドの影響を受け、知識・スキル・経験をツールとして活用して行動を発揮するという構造になっている。あまり形而上学的な話はしたくないが、仮初の意欲や心構えは容易に潰れるので、より根源的な性格特性や動機のようなものが行動には必要なのだとわたしは理解した。そしてヒューマンコアは基本的な性格のようなものであり、若年層に形成されたものは一生涯を通して容易には変化しないとされている。確かにわたしは短気かつ勝ち気だが、これを生涯変わらないだろう。会社では極力、自分の感情と距離を置いて「こいつ阿呆か」とか思ってもなるべく我慢している。いやもっと言えば諦めているのだが、この辺は本書のテーマとズレるので別の機会としたい。

いずれにせよ、本書は、社員のヒューマンコアをきちんと把握することで、効率的な採用や配置・育成・評価ができますよ、これがHRプロファイリングだということを述べている――と、ここまで書いてわかったのは、これはここ数年流行りのピープルアナリティクスと呼ばれるものに近い。ただヒューマンコアに特化しているのは珍しいかもしれない。ヒューマンコアがいわゆる性格診断とどう違うのか、コーチングなどで用いられる簡易的な4タイプ分類(コントローラー、プロモーター、アナライザー、サポーター)とどう違うのかは、読み進めたけど若干不明瞭だった。

なお中盤は事例、後半は具体的なプロファイリングのステップ解説や、採用・配置・育成への活用方法の解説があった。

まとめると、全体的には非常に誠実で、かつしっかりまとまった本だと感じる。

一方、HRコンサルや人材業界全体がどうでも良いバズワードをマッチポンプ的に作ってそれに振り回されていると感じているが、本書にもその傾向がある。

  • タレントマネジメント(単に能力マネジメントのことだが、和製英語のタレントと誤解してタレントマネジメント=人材マネジメントやハイパフォーマーマネジメントのことだという誤解まで出る最悪の用語)
  • ピープルアナリティクス(数十年前からデータを元にして意思決定しましょうと言われており人事統計という用語もある)
  • HR Tech(同上)
  • 1on1(部下に伝わりやすいのでわたしは1on1という言葉を使うが、そもそもGoogleが言い出したからバズっているだけで本質的にコーチングが目指すゴールと何が違うのか正直疑問)
  • OKR(何回読んでも、数十年前から存在する目標管理制度を真面目に運用したらOKRになるので、何の新しさも感じない)
  • ノーレーティング(中小企業ではノーレーティングはよくやってるが大企業では若干イノベーティブなのか?)

他にも山程あるんだが、もう馬鹿らしいのでやめておく。わたしが人事コンサルに興味を持った20年前と何ら変わっていないことを、ただ用語だけ置き換えて必死にバズらせようとしていて、個人的には失笑しかない。そういう言葉と差別化したいのか、本書も「HRプロファイリング」という言葉を打ち出しているが、実態はピープルアナリティクスとタレントマネジメントの一連の施策というふうにしか読めない。上記のバズワードを嫌って新たなネーミングをしたというのなら気持ちはわかるが、このネーミング自体、バズワードありきのHRマネジメント界隈の潮流に拍車をかけている気もする。

繰り返すが、内容は非常に良い本だと思う。